9.名所

「……着いた」


「やっぱり、ここ?」


「うん」


 バスが目的地に着く。結局あのまま他の乗客は乗ってこなかった。


「あ、チャージ忘れてた」


 前に立った彼女が、エラー音に少し体をびくつかせる。


「払うよ。これ、二人分で」


 僕は後ろから五百円玉を落とし、運転手の人の返事を待たずに彼女の手を引いてバスを降りた。


「……ごめんなさい」


「いいんだよ」


 しばらくの間、緊張の糸が張り詰めた静寂が流れる。岩場に乗ると、その中にコツコツと骨のような足音が嫌に響く。

 僕は、誰もいない岩場に腰を下ろす。彼女はその横を通り過ぎ、とことこ歩いていく。


「……あの。私、昔ここで死のうとしたんです」


「……うん」


 返事をするか悩んだが、沈黙を続けると彼女が飛び降りてしまいそうだと思い、相槌を返す。


「とにかく、全部が嫌になった。友達もいじめるし、親に行っても相手にされないし。私に興味ある人なんて、誰もいないって思って」


 少しずつ、離れていた距離を詰めながら彼女は続ける。


「だから友達と遊びに行くって嘘ついて、お小遣い握りしめてここまで来たんだ。駅でクラスメイトと会ったけど、親の用事って伝えて逃げた。それで今日と同じように、ここに、立って……」


「……っ」


 彼女は倒れこむようにしゃがむ。体勢が崩れて倒れそうになるところを、僕はあの時の様に支える。


「でも勇気が出なかった。ずっと、海を眺めて。通りすがりの人に声をかけられたけど、とっさに持ってたスケッチブックを見せて、絵描いてるって嘘ついてごまかして。でも、その人がいなくなっても勇気が出なかった」


「それで、どうしてもう一回?」


「……わかってるくせに」


「だったらやめよう。もうこんなこと」


 ボールの様に丸まって震える背中をなでる。


「どうしようかって、前も思ってたんです。それで急に怖くなって倒れそうになった時、こんな風に支えてくれた人がいて」


「……え?」


「ちょうど、あなたみたいな」


「……あ!」


 僕は息を吞んだ。かつて家族でここに来たことがある。まだ僕が小学校低学年ぐらいの頃の話だ。

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