第15話

思い返せば、俺にはたくさんの思い出があった。高校生になったら、好きな人ができて、付き合えると思ってた。漠然とそう思ってた。けど現実はそうじゃなくて、好きな人には他に好きな人がいたし、そもそも好きな人なんてなかなかできなかった。結局、俺にあったのは自習室だった。あそこに彫られていた相合傘を見て、1人でニヤニヤしたり、爆発しろってムカついたりしたのが懐かしい。友達と弁当食ったのも、カラオケ行ったのも、青春の象徴のようだったけど、なんとなく、俺には合わなかった。なんでだろうね、って。わかってんだろ。

「卒業生、退場」

俺はもう、二度とこの体育館の床を踏むことはない。

教室に戻ると、そこはどうも光り輝いていた。いや、廃れて汚いようにも見えた。彼らの1年を、一緒に見てくれた、教室。明日からここに来ることはない。

なぜだろうか?

「1人ずつ、クラスのみんなに一言くらい話そうか」

先生の声を合図に、クラスメイトが教卓に立った。

「最初は、変な奴らばっかだなって思ったけど……みんなと一緒に、最後の1年を過ごせて本当によかったです。ありがとうございました」

「まだ、卒業って実感が湧かなくて、言葉が出てこないです。…でも、どっかでは、またみんなで遊べるような気がします。なので…また、会いたいなって思います」

「みんな、僕の変なノリについてきてくれて、本当に楽しかった!!ありがとう!」

彼は徐に教卓に立った。この景色を見られるのも、もう最後。みんなの潤んだ目が、ふにゃっと潰れた笑顔が、彼の目にはくっきりと刻まれた。

「俺は…」

ゆっくりと息を吸った。

。本当にありがとうございました」

彼の口からは、それ以上出なかった。伝えたい思いを、どうにか凝縮して、言えることは一言だけだった。溢れんばかりのこの涙、どうしてくれる!

全員が一言を言い終え、全員の目に浮かんだ涙が、机にほろりと零れる。

最後の集合写真を撮って、先生が一言話した。

「このクラスは解散しても、先生はいつでも待ってます。いつまでも、ずっと」

先生、俺らを泣かせないでください!!そんな声が、震えた笑い声が聞こえてきた。

「それでは____さようなら」

「__さようなら!」

何回も、何十回も、何百回も重ねた、たった一言。いつもの何気ない、この一言。言わない日すらあったっていうのに、どうしてか、もう二度と言えない気がした。おかしいよね。

「なー、写真撮っとこうぜ」

「もちろん!」

彼は友達と写真を撮った。弾けるような笑顔だった。

「この後どーする?カラオケ?」

「僕ラーメン食べたい」

「おれゲームしたい」

「もうめちゃくちゃだな。お前は?」

「俺?俺はお前らと何かできれば、それでいいよ」

「クゥーーッッッ!!イケメンモードじゃん!」

「ひっぱたくぞ」

彼らはそうして教室を出ていった。彼はふっと振り返る。窓の向こうで、桜が小さく開いていた。見間違えたのかもしれない。が、彼の目には確かにそう映ったのだった。


高校3年、春。俺は卒業した。

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