第4話

「父上、俺は許せません」


 思った以上に低く震えた声が出た。

 何に、とか誰が、とかそんな事は言わない、言えない。

 ただ……絶対に許してはいけない人物が居るのだけは確かだ。

 父の肩がピクリと動くと、ゆっくりと立ち上がり、冷たく絶望を写したかのような瞳で振り向いた。


「……そうだな。……陛下」

「好きにすると良い。許される事ではない」


 陛下から許可の言質を取り、そして邸へ向かう。


 愛情を歪め

 誤解を誘導し

 ジュリーを追い詰めた。

 あいつらの元へ。




 ◇




 強くなって欲しかった。


 アベラルド公爵子息が息子のアルフレッドに掴みかかっても何も言わなかった。

 むしろわたくしは、わたくしの犯した間違いが頭の中を駆け巡っていた。

 目の前が真っ白になって、自分の身体が揺らぐのが分かった時、誰かがわたくしの身体を支えた。


「……大丈夫か」

「……あなた……」


 陛下がわたくしの身体をしっかりと抱きとめてくれていたが、その国王も唇を噛み締めて俯いている。

 触れている身体から、震えているのが分かる。

 怒りなのか、後悔からなのか……。

 アルフレッドが出て行っても何も言わなかった。言えなかった。


 その後、アベラルド公爵親子が陛下に許可を貰い、退室して行く。

 今更何をした所で時間が戻る事も、起きたことが無かった事にも出来ないが、このまま捨て置く事も出来ないだろう。

 罪は罪として罰を与え、裁かねばならない。

 そして見せしめ、同じことを繰り返さないよう。

 悲しい事が二度と起こらないよう——。


「わたくしは……間違っていたのかしら」


 ジュリーを医師に任せ、わたくしは寝室に横たえられた。

 側には陛下が居てくれている。本日の公務は他の人に任せられるものは任せたのだろう。


「それは結果論でしかない。お前はジュリーの為を思って行動したのだから」


 陛下の暖かい言葉に涙が溢れる。

 ジュリーの前では泣かなかった、泣けなかった。

 辛く苦しんだジュリーの前で、自分が被害者かのように涙を流す事なんて出来ないと思った。


 強く……強く……

 女性の頂点に立てるように

 卑怯な事に屈することなく

 嫌味を聞き流し

 堂々と真っ直ぐ前を見て


 ジュリーが駄目なんかじゃない

 ジュリーが相応しくないわけではない

 わたくしのように、辛く苦しい思いをして欲しくなかっただけ


「わたくしが……ちゃんと気がついていればっ……!」


 涙を流す私の頭を陛下が撫でる。

 見ていて助けたところで先がない事も分かっている。

 自分一人で立ち向かい解決しなければならない。これは乗り越える為の試練でもある。

 だけれど……毒を飲むくらいならば……!

 立ち向かうヒントを、手助けを、行ったのに!


「陛下、よろしいでしょうか」


 ノックの後に、医師の声が室内に響いた。

 陛下の許可と共に入った医師は、真剣な表情で告げた。


「アベラルド公爵令嬢の首をはねますか?」


 それは、身体が手中にある際、確実に命を落とす為に用いる手段だ。

 国が滅ぶような機密事項を他に回さない為、念には念を入れた行為。


「そんな……っ!」


 苦しみ生きて、毒を飲んで苦しみ、更にそこへ鞭打つ行為をするのか!

 反論しようとしたわたくしを陛下が止めた。

 そして陛下は——。




 ◇




 馬車の音が聞こえる。

 何事かと外を見ると、公爵家の家紋が入った馬車が入ってくるのが見えた。

 お姉さまがもう帰ってきたの?と思い嫌な気持ちが膨れる。

 綺麗なドレスをきて、高い宝石をまとい、最高の教育を受け、挙句に王太子殿下の婚約者という事はゆくゆく王妃になるという事。

 羨ましかった。妬ましかった。

 出来が悪いくせに、どうしてお姉さまだけが!!

 まともに勉強も出来なくて、婚約者に浮気までされている魅力のない女が、ただ姉というだけで!!


 今日はどうやって嫌がらせをしようかと考えていたら、馬車から男の人が二人降りてきた。

 お父様とお兄様だ!!

 いつも仕事で邸になかなか帰って来ないし、家族が揃う事もなかった。

 まだ午前中という時間に、二人が一緒に帰ってきた事が嬉しかった。

 いっぱい甘えよう!そしていっぱいおしゃべりしよう!

 そしてお姉さまに負けないくらいのドレスや宝石を買ってもらおう!

 部屋から出て向かったエントランスホールでは、母が二人に頭を下げてお出迎えしている。


「お父様!お兄様!おかえりなさい!!」


 嬉しくて嬉しくて、お父様に抱きついた。


「っ!ガラテア!」


 母が悲鳴にも似た声で私を呼んだ瞬間、私はお父様に突き飛ばされ、床に倒れ込んだ。


「……お父様……?」


 理解が出来なかった。

 お父様だけでなく、お兄様まで冷たい目線で鋭く睨みつけてくる。


「誰が父だ」


 低く感情のこもらないかのような声。

 出迎えに来ていた使用人達が佇まいを直し、息を飲んだのが分かった。

 母の方を見ると、血の気が引いた顔をして震えている。


「え……お父様はお父様で……」

「ガラテア!!」


 母が遮るように私の名前を叫ぶ。


「お前は私の娘などではない。ナニーの連れ子なだけではないか。何を言ってるんだ。……ナニー?」


 冷たい声で、母を睨みつけるお父様。

 母はただ真っ青になって震えているだけだ。

 ……どういう事?

 私は公爵家の子どもじゃないの?

 ずっとずっと、ここで暮らしているのに?

 じゃあ、お母様は……?

 公爵夫人じゃないの……?私は……?


 お父様だと思っていた人の言葉を聞き、使用人達も驚いたかの表情をしてお母様を見つめている。

 中には歯を食いしばり、どういう事だと言わんばかりに睨みつけている人も居る。

 助けを求めるかのように、お兄様だと思う人に目線を向ける。

 私の目線に気がついたのか、冷ややかな視線のまま、こう言った。


「何を驚いてる?居候の娘が」


 ——居候の娘……?

 突然の事実に、私はただ呆然とする事しか出来なかった。

 お母様は……居候なの……?

 じゃあ……私は……私の今までは……。

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