第3話

 うって変わったかのように一心不乱に泣きながらも何かを書き続けるわたくしに、使用人達は不思議そうな心配そうな目をして状態を伺っている。

 毎日来る、王宮専属医にも怪訝な目で見られる。

 だけれど、書いておきたかった。

 私の意思。私の遺書。

 謝っても謝っても足りないだろうけれど。ただの自己満足でしかないけれども。

 書かずにはいられなかった。






 そして、書き終わった日の夜。

 部屋に誰も居なくなった深夜の時間帯。

 恐怖より、不安より

 これで終わる事が出来るという安心感が包む込む中

 私は毒を飲んだ————


「ジュリー様、朝でございます……ジュリー様?」


 応答がない部屋の扉を開き、起こす為に部屋へと入った城仕えの少女は、冷たくなって目を閉じているジュリーを見つける。


「きゃぁああああああ!!!!!!!」


 静かな朝に、悲しみに暮れた悲鳴と泣き声が響きわたった。




 ◇




 ジュリーが自分で毒を飲んだ。

 発見された日記により、ジュリーの思いが包み隠さず表面化された。

 王宮専属医が手をつくしている中、身体に虐待の跡も見つかった。

 傷だらけの背中は、とても痛々しくて……。

 城に居たジュリーの父や兄も、俺の父や母も、すぐに駆けつけては皆泣きくれている。

 どうして気がつかなかったのか。

 何故気づけなかったのか。

 後悔しても今更でしかない……握りこんだ掌に爪が食い込み、涙の変わりかというように血が滴り落ちる。


「どういう事だ!アルフレッド!」


 行き場のない怒りを俺にぶつけるかのように、ジュリーの兄、エクトルは俺の胸ぐらを掴む。


「お前は……お前はジュリーを愛していたんじゃなかったのか!!」

「愛してるさ!!!」


 俺は声を張り上げた。愛していた、なんて過去形は使いたくない。俺は今も愛している。

 政略だなんて思っていなかった、とても大切で、とても愛おしい、大事な大事な婚約者。

 俺の迫力に、エクトルは一歩後ずさり、俺から手を離した。


「……すまない」


 エクトルがそう呟くも、俺は踵を返し、ジュリーの部屋から出て行った。

 ジュリーをこれ以上見たくなかった、その手に触れたくなかった。

 ——認めたくなかった——

 例え現実逃避だとしても。いつかは受け入れなくてはいけないとしても。


「あら?ご機嫌よう、王太子殿下」


 いつも近づいてきてはベラベラとくだらない話をし続ける令嬢達が近づいてきた。


「失せろ」

「え?」

「失せろと言った。鬱陶しい。俺は話しかける許可を与えていない」

「で……殿下?」


 何か言っていたが、それ以上特に何かを言う事もなく俺は歩いて行った。

 そもそも気軽に話しかけられていても、それに対応していたのはジュリーの為だった。

 側室狙いの女達が多数いたのは知っているが、それを邪険に扱ってしまいジュリーに攻撃が行く事を懸念していた為、相手をしていたにすぎない。

 自分の母も攻撃をされていたし、アベラルド公爵夫人からも聞いた事があったからだ。

 だから嫌々ながらも相手をしていたというのに……止める事さえ出来なかった上に、誤解を与えていたなんて……。


 自室に入り、立ち入りを禁ずると、そのまま俺は泣き崩れた。

 後悔しても時間は戻らない。

 やり直す事も出来ない。

 本当はもっとジュリーに会いたかった。

 だけれど今は妃教育や公務の手伝いで忙しく、月1回と言えど大変かもしれないと、何も告げなかった。

 月1回すらも嫌だと言われたら寂しくて立ち直れそうになかったからだ。

 結婚すればずっと一緒に居られるから……そう思って……言わなかった。

 何も伝えなかった自分の愚かさを悔やみ、泣きつかれて気を失うまで、声にならない声で泣き続けた。




 ◇




 妹が毒を飲んだ。そんな現実を突きつけられて、目の前から色がなくなるようだった。

 ジュリーの日記には衝撃を受けたが、自分の事を棚に上げ、ついアルフレッドの胸ぐらを掴んでしまった。

 愛していると、大事だと言っていたのに、浮気?令嬢達に囲まれていた??


「愛してるさ!!!」


 そう叫ぶアルフレッドの言葉に、正気に戻ったかのような感覚に陥った。

 そうだ、こいつはジュリーへ攻撃が行かないよう適当にあしらう事をしなかっただけだ。

 王妃様も未だ嫉妬に狂った婦人たちに足を引っ張られる事がある。

 王太子妃、しいては婚約者だった時は更に酷かったと聞いた事がある。

 だからこそ……俺はジュリーをアルフレッドと共に守る為にも王太子の側近にまで上り詰めたんだ。

 だけど……それが正しかったかどうかより、俺にはもっとやる事があったんだと痛感した。

 まさか俺から嫌われていると思っていたなんて……。


 涙を流し震える父を見ながら、公爵邸に使いを出していない事に安堵もしている。

 許せるわけがない……。

 元凶は勿論の事、震える父に対しても怒りはある……が、自分自身にも怒りが溢れる。

 どうしてもっと一緒に居なかったんだ。

 どうしてもっと会話をしなかったんだ。


 5歳下のジュリーが生まれた時、確かに母は亡くなった。

 確かに見ると母の事を思い出して寂しくもなったし悲しくもなったが、それを乗り越え立ち直った時には、俺はジュリーを溺愛していた。

 ただ……8歳の時にナニー親娘が公爵邸に来た。

 公爵の跡取りとして勉強も始まり、今までのようにジュリーに会うことが出来なくなったし、ナニーが常についていたから、どうして良いのか戸惑った部分もあった。

 一度距離感が分からなくなると、どうして良いのか分からないまま月日は過ぎてしまった。

 ジュリーは常に忙しく、会いたくても会えない日々も続き、俺と会っても分からないんじゃないかという不安まで出てきた。

 だから……王太子の側近になってジュリーの手助けが出来るようにと毎日頑張っていたのだが……。

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