第17話:賑やかすぎる朝

 朝餉も終わりそうになった頃、「そういえば……」、と雷志は口火を切った。


 禍鬼まがつきの謎は結局なにもわからぬままである。


 しかし彼にはもう一つ、解明すべき謎があった。


 そしてそれは他の誰でもない。今も目の前でごろりと寝転がりだらしないことこの上なし。


 これで国の頂点である帝だというのだから、雷志はにわかに信じられなかった。


 それはさておき。


 サクヤが何故彼の部屋にいるのか。


 あまつさえ同じ布団の中にいたのか。


 幸いにも、謎の答えはすぐ目前中ある。


 雷志は、ごろごろと怠惰にすごす狐娘にどうしても言及せねばならない。



「どうしてお前は俺の部屋の中にいたんだ?」


「そんなの決まってるじゃない。雷志くん、あの後気を失ったんだよ? あのまま屋上ヘリポートに放置しておけるわけないよ」


「そ、そうか。それは……面倒かけたな。でも、同じ布団の中で寝てたのはなんでだ?」



 雷志には添い寝をした経験がまずない。


 というのも、彼は山田浅右衛門やまだあさえもんである。


 日々人から恨みを買うような相手と、果たして誰が時間を共にしたいと思おうか。


 遊郭でさえも彼の存在は、快く歓迎されるとは言い難かった。


 もっとも、雷志自身遊郭の類はまるで興味のない男である。


 他の同期が遊びにいく傍らで、彼は遊びほうける暇があればすべて剣に費やした。


 人生初の添い寝を経験して、雷志はそれでも特に何の感慨もない。


 むしろ目の前に人がいて心臓に悪いことこの上なかったぐらいだった。


 せめて許可を取ってほしい。


 許可を取る以前の問題に、婚前女性が異性と添い寝するというのもいささかどうかと思わなくもないが。


 とりあえず添い寝をした理由について、雷志はサクヤに問い質す。



「そ、それはその……べ、別に深い意味はないっていうか」


「深い意味がないんだったら猶更駄目だろ。何やってるんだよ本当に……」


「だ、だってその……そう! 雷志くんを部屋に連れていったらサクヤもなんだか疲れて眠くなってきたから、そのまま寝ちゃったの! それだったら仕方ないでしょ!?」


「ま、まぁ今の話が本当なら確かに……問題なくはない、か?」


「そうそう! 問題はなにもなかった! ってことでこの話はもうおしまいね!」



 見るからに怪しい素振りであるが、雷志は特に意に介さなかった。


 彼女が次には発した言葉は、彼にとってはもっとも関心を惹くだけの魅力があったからに他ならなかった。



「――、こほん。と、ところで話は変わるんだけど雷志くん。配信についてなんだけど……」


「あぁ、そのことか。配信のことはどうもいまいちわかってないんだが、俺も別にやってもいいだろ?」


「ん~……それなんだけどねぇ。やっぱり現状、このまま君独りで配信をさせるっていうのは、サクヤ的にもちょっと無理があるかなぁって思うんだ」


「おいおい、じゃあ配信とか関係なしに俺一人で勝手にやらせてもらうぞ? あの禍鬼まがつきのことだってあるからな」


「まぁまぁ、話は最後まで聞いてってば。あくまでも今独りだけで配信をさせるのはって意味だから」


「つまり、どういうことだ?」


「答えは単純明快――雷志くん、君を研修生としてサクヤの配信にしばらくゲスト出演してもらおうではないか!」


「……えぇっと、ん?」



 サクヤの発言に対して雷志ははて、と小首をひねった。


 横文字だけでなく、彼の生きた時代にはない単語まで現在では山のようにある。


 それらすべてを一つずつ吟味して理解し、知識とするのは骨の折れる作業だ。


 メモ帳片手に、ようやくさっきの単語を発見した雷志はひとまず安堵からホッと息を吐いた。



 ――こいつなしじゃ、満足な会話も難しいな……。

 ――これなしで流暢に会話できる日が、本当にあるのか?

 ――……駄目だな。全然その姿が想像できん。

 ――とりあえず、こいつが何を言わんとしてるかはなんとなくわかったからいいが。



 要約すれば、サクヤの門下生としてしばし行動を共にしろということらしい。


 そうと理解した雷志は、さして抵抗感もなく素直に首肯した。


 配信は、雷志にとっては単なる手段でしかない。


 彼にとって重要なのは、まだ見ぬ強者との戦いである。


 そして現在、その強敵というのが昨晩相対した禍鬼まがつきだ。



「……その研修とやらを終えたら、一人で俺は動いてもいいんだな?」


「も、もちろんだよ!」


「……おい、なんで今ちょっと言い淀んだんだ?」


「き、気のせいだから! そ、それじゃあ当面の間はこのボクと――」



 サクヤの口から続きが紡がれることはなかった。


 けたたましい破砕音が室内にひどく反響する。


 雷志が住むマンションは防音はもちろんのこと、耐久性においても優れている。


 禍鬼まがつき襲撃を想定しての設計だ。完全に防ぐことは叶わずとも、時間稼ぎならば十分可能だ。


 それがたった一撃で破壊されたのだから、雷志が身構えたのは至極当然の反応といえよう。


 昨晩の禍鬼あいつか、と雷志はその表情に不敵な笑みを作る。


 しっかりと睡眠と朝餉も摂取した彼に、昨晩のような倦怠感はない。


 すっかり万全な状態で今度こそ満足に戦えると思っていた雷志だったが、来訪者の姿に思わず小さな溜息を吐いた。


 あいつではなかった、と警戒心を解くと伴いこの女は何者であるのか。雷志は訝し気な視線を送った。


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