第18話:竜神様ご登場!
恐らく彼女も神なのだろう。
雷志がそう判断したのは、女性の頭より生えた角にあった。
ただし、鬼のような形状には程遠く既存の生物で言うところの鹿を彷彿とする。
鹿のような角を持つ神――こう自らに問うた時、彼の中で該当する存在は一つしかない。
あれも神のような存在であるし、よもや神聖なる獣をこの目に拝む日が訪れようとは、さしもの雷志も夢にも思ってすらいなかった。
その神様だが、サクヤを見るなり険しい
「ちょっとサクヤ! アンタ何抜け駆けしようとしてんのよ!」
「はぁ? 言い掛かりはやめてほしいですねぇ。サクヤは別に怪しいことなんかしれませぇーん」
「相っ変わらずムカつくわねアンタってカミは……! ウチの方が年上だっていうのに!」
「いやいや、今の世の中年功序列は関係ありませんのでぇ」
「むっかー! 今に見てなさいよアンタ! 今度も帝総選挙で必ずアンタを叩き落してやるんだから!」
「やれるもんならやってみてください~。そう言ってサクヤ、今回で連続五回目の防衛に成功してるんですけどぉ?」
「な、なぁ……えっと、とりあえず落ち着いてくれないか?」
一食触発の状態を目前に、雷志は慌てて仲裁に入る。
傍から見やれば微笑ましい、かどうかはいささか怪しいところではあるが。
ただ単に口論しているだけにしか見えないだろう。
誰よりも間近で神による口論を目の当たりする雷志には、二人からひしひしと発せられる怒気を全身に浴びていた。
これまで数多くの殺意と対峙した彼であるが、所詮それは人間のもの。
神という超高次元にある彼女らのそれと比較すればなんとかわいらしいことか。
巻き込まれればまず、即死は免れまい。
幸い、なんらかの運によって辛うじて生存したとしても確実に家は崩壊する。
移住して早々に宿なしになるのだけは、さしもの雷志とて避けたい。
心底面倒で迷惑ではあるが、と内心でそう愚痴をこぼしつつ雷志は両者の間に割って入った。
「あ、そ、その。ごめんね! 騒がしくしちゃって!」
「……とりあえず、どちら様で?」
「あ、そ、そうだった! ウチの名前は
「竜……ということは、やっぱりそうなのか」
東洋においての龍は水を司る神聖なる霊獣として崇められている。
龍が携わる逸話は各地に存在し、かくいう雷志の故郷でも有名な話が一つあった。
それが果たして事実であるか否かは、当時の技術では確かめようがない。
ましてや雷志自身、いわゆる非現実的な存在の一切を否認していた。
絵巻にあるような姿ではないにせよ、
サクヤに対する言動はいささか童っぽくて神聖さは微塵も感じないにせよ、これが本物の龍であることは相違あるまい。
――龍っていうぐらいだから、やっぱり強いんだろう。
――しかし、本当にこの国の神様は女性ばっかりだな……。
――男の神は一人もいないのがどうも信じられん。
――まぁ、むさくるしい男よりかはずっといいだろうけど。
――不謹慎ではあるが、かわいい女性の神様だったら信仰する輩も増えそうだ。
内心でくつくつと笑う雷志は改めてカリンの方を見やった。
「見てのとおりウチはカミ様よ。ちなみにこっちのよりもずっと優れてるカミ様」
「はぁぁ? 妄想もここまでくると呆れを通り越して尊敬するに値しますねぇ。そう言って昨年の総選挙で完膚なきまでボコボコにされたのはどこのカミ様だったかなぁ」
「ぐっ……このクソ狐」
「へっへ~ん。ポン竜に負けるつもりはありませんよ~だ」
「……とりあえず、ここで暴れるのだけは勘弁してくれないか? それで、そのカリンさんとやら俺の家に何か用で?」
「あ、そうそう! すっかり忘れてた! アンタが
「あぁ、そうだけど」
「……あのライブ配信で見たけど、本当にこうやってみると女の子にしか見えないわね。まぁいいわ。アンタ、ウチの事務所の一員にならない?」
「事務所?」
サクヤの提案に雷志ははて、と小首をひねった。
事務所の意味については、まったくわからないわけではない。
早い話が彼女は自分の下で働けと言っていて、この突拍子もない提案に真っ先に噛みついたのがサクヤだった。
突然何を言い出すのか、とあたかも彼の疑問を代弁するかのごとく。まくしたてるように口火を切る。
「ちょ、ちょっと急に出てきて何言ってるの!? そんなのボクは許さないからね!」
「アンタは帝でしょうが! 認めたくないけど、今この国のトップなのに玉座をほったらかす帝がどこにいるっていうのよ!」
「そ、それは……で、でも帝だからこそ! たまにはこうして外に出てサクヤのかっこよさを世間体にですねぇ!」
「下心見え見えなのよこのアホ狐! とにかくアンタよりもウチの方が色々と融通が利くし動きやすい。だから雷志はウ、ウチの事務所で預かるわ」
「なぁ、その事務所っていうのはなんなんだ?」
「あ、そっか。まだそこまで説明できてい感じね。まぁ事務所っていうのは――」
ここ、アシハラノクニにはいくつもの事務所がある。
活動方針はむろん、ダンジョン配信を主とするK-tuberのバックアップだ。
手厚い支援は、それだけ内容が極めて危険であるからで、だからこそ誰でも簡単にできるものでもない。
したがって、個人でのダンジョン配信が頑なに禁じられている。
カリンが代表取締役として設立した「オウカレイメイプロダクション」は、正にダンジョン配信に特化した事務所である。
所属するタレントも極めて優秀であり、そこには桜木ミノルもあった。
この話を聞き、雷志の心は「オウカレイメイプロダクション」に対し強い興味を持った。
あの小娘がいるのであれば、他の面子もさぞ強者であろう。
またミノルという知人がいるという点についても大きい。
サクヤと行動を共にするよりも利点はある。
今回の提案に雷志は特に異論はないので、承諾の意を示した。
そこに待ったをかけた人物からの激しい抗議の声がわっと上がる。
「ちょっと勝手に話進めないでよ! 雷志くんはサクヤが面倒見るんだから!!」
「下心全開の狐が何言ってるのやら……。とにかく、ウチもこればっかりは譲る気はこれっぽっちもないから! 雷志はウチの事務所が預かる! 雷志もその方がいいでしょ!?」
「え? まぁ、俺としては研修とやらを終えて認めてさえもらえればどこだって構わない。それにあんたのところにはミノルの奴もいるんだろ? だったらその方がいい」
「ふっ、決まりね」
「そ、そんなぁ〜……!」
あからさまにひどく落胆したサクヤを、カリンが鼻で一笑に伏す。それを真横に雷志は一人沈思した。
――正直事務所というのには興味ないが。
――認めさせるには致し方がない、か……。
――いろいろと面倒な時代になったもんだな。
――とりあえず、ミノルに後で挨拶だけはしとくか。
しばらくして、きぃきぃとやかましい金切音が雷志の意識を強制的に外界へと引っ張った。
「このぉ! サクヤよりPONのくせに調子にのるなぁ!」
「はぁ!? アンタには負けるわよこの駄狐!」
「うっさいポン
「ポンコツみたいな言い方すんな! だいたい狐の分際で偉そうなのよ!」
彼のすぐ傍では、二人の髪が取っ組み合いの喧嘩をしている。
殴り合いではなく、手四つによる力比べだが、彼女らは人ではなく神だ。
もとより人を遥かに超越した存在であるし、加えて特殊な力をも有する。
ならば単なる手四つでもどのような結果を招くか想像するのは実に容易い。
床が陥没し、壁には亀裂がいくつも入る。
対
住み始めてわずか一に足らずでもう住むのが困難と化していく我が家を、雷志は呆れた面持ちで見守ることしかできなかった。
「――、とりあえず外に行くか」
争う二人を他所に雷志はそっとその場を後にした。
彼女らの争いは、例えるならば自然災害だ。
いかに剣の腕が立つ雷志でも、自然を相手にはどうこうすることもできない。
天災は過ぎ去るのを静かに待つのが一番いい。
もっとも、わずか一日で彼が宿なしになったのは紛れもない事実であるわけで。
今日からどこで寝泊まりをすればよいだろうか、と雷志はどこか他人事のように思った。
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