第11話:謎の老人
雷志が件の老人とばったり邂逅したのは、正しく偶然によるものだった。
とりあえず腹ごしらえでもしようとしたその時。複数人の男が、今正に老人を襲おうとしていた。
彼らのみすぼらしい格好と質素極まりない装備を見やるに野盗の類であるのは間違いなく、しかし彼らとて元より人道を踏み外したわけではあるまい。
理由は定かではないが、そうせざるを得ない者は決して少なくはない。
雷志は
だから、いかなり理由があろうと人道を踏み外したならば即刻斬首するまで。
幸か不幸か、野盗らのその目には人としての輝きはもはや微塵も宿っていなかった。
「――、それで、その助けた爺さんがお礼をって言うから遠慮したんだけどな」
「何か結局もらったの?」
「まぁ、剣の手ほどきをしてもらった」
「剣の?」と、サクヤがそこで小首をはて、と傾げる。
彼女の疑問は至極真っ当なものだ。
他者に剣の手ほどきができるぐらいの腕前があるのならば、何故彼は一切の反撃に転じず、そればかりか脆弱な老人を演じたのか? 雷志も同様の疑問を抱いたものの、後に真相については老人自らの口より語り聞かされている。
「その爺さん、とある流派の伝承者らしくてな。自分の後継者が全然いないっていう理由でずっと探す旅をしていたらしい」
「へぇ、そうなんだ」
「そこで、さっき言ったみたいに弱いフリをして助けた奴の腕前とかを見てたらしい。そこでたまたま、俺がお目にかかったってわけだ」
「それで、そのおじいさんには結局剣を教えてもらったんでしょ?」
「まぁ、な。一週間程度の短い時間だったけど、とにかく内容がめちゃくちゃ厳しくてな。俺からすればもう何年も、何十年も時間が経過したような錯覚すらあったよ――話を戻すけど、一週間の厳しい中で俺はそのじいさん……いや、お師匠様って言うべきかな。とにかく剣を学んで一応免許皆伝の許しも得た……ってところだな」
この話には、まだほんの少しだけ続きがある。
一週間の修練で雷志は師匠である老人より、免許皆伝が与えられた。
これで正式に彼の剣――流派も技にも名前がないという、なにもかもが不思議な剣術だった――の後継者となった雷志は、気が付けばただっ広い平原に一人、ぽつんと佇んでいることにハッと気がついた。
老人と雷志が出会ったのは、町からそう遠く離れていない場所でそこは森であった。
建物はおろか人の気配さえも皆無で、ただ見渡す限りの平原が周囲にないことは雷志がよく知っている。
同時に、さっきまで目前にいたはずの老人も忽然と姿を消していた。
平原であるから身を隠せるような場所はどこにもない。
雷志はついに老人を見つけることも再会を果たすことも叶わず、彼の中でも人生最大の謎としてわだかまりとなって記憶に残った。
「今頃、あのお師匠様はどこで何をしてるのやら……って、もう数百年も経ってるんだったらとっくに大往生しているか」
懐古の情に浸る雷志に、ミノルが冗談混じりな口調で言葉を紡ぐ。
「そのおじいさんが、もしかしてカミ様だったりして……とか?」
「いやまさか、そんなわけがないだろう」
「で、ですよね……」
「うーん、なんだかより謎が深まった感じだねぇ……」
「そう言われても、他にもうないぞ?」
「まぁ、雷志くんについてはおいおい調べるとして――雷志くんの今後について話そっか」
「…………」
「まず、安心してほしいのは君を今更投獄したりとかするつもりはないよ?」
その言葉に、雷志はひとまずホッと胸中にて安堵の息をもらす。
彼は罪人ではあったが無実であった。
それは長い歴史の中でしっかりと証明されている。加えて数百年という膨大な時の中を、ずっと孤独に
これ以上の罰はないと断言してもよかろう。
それ以上となると、逆にそちらが非人道的であると捉えかねない。
サクヤの下した判断は的確だった。
無罪放免となるまでに、かなりの時を要した。
すでに彼の周りは、彼の知るものは何一つない。
生まれ故郷であるのにその実感がまったく湧かず、見知らぬ世界に独りただぽつんと残された雷志は――特になんの感慨もない。
むしろ彼の中では、好奇心が絶えず湧き上がっていた。
ここには未知なるものが山のようにあふれてまるで飽きない。
果たしてどんな未知なるものと出会えるのか。雷志はそれが楽しみで仕方がなかった。
「……そういえば、さっきからずっと気になってたんだが。ミノルは俺と出会った時、ずっと何をやってたんだ?」
「あぁ、あれは配信をしてたんですよ」
「配信?」
「それについてはこのボク! カミ様でこの国でいちばんえらーい
「……なんでドヤ顔してるんだ?」
「ま、まぁまぁ。いつものことだから気にしないでください雷志さん」
「いつものことなのかよ……」
「こほん――雷志くん。まずどうして禍鬼が生まれるか、それについてはもう知ってるかな?」
「まぁ、一応は」
正直なところあまり憶えはないが、と雷志は胸中にてもそりと呟いた。
「禍鬼は強い怨恨とか……負の感情から出た荒魂が集まって化け物と化した存在。これを祓えるのがサクヤ達含むアラヒトガミのみ。それでこの
「そりゃあ、そうだな」
「
「そうなのか?」
サクヤの発言は、この国がいかに危うい橋を渡っているかを物語ってもいた。
古くからある怨恨だけでなく、新たに
正にイタチごっこで、アシハラノクニが崩壊するのはもはや定まったのも同じではないか。
雷志がそう思うのは至極当然であり、だが国会議事堂へ至るまでに彼が目にした光景は平和そのものだった。
自己解決できそうにない謎を目前に、難色を示す雷志に代わって、ミノルが答える。
「古くからある
「雷志くん、
「それは……やっぱり、楽しいことをするのが一番なんじゃないか?」
雷志は、別段何か確信があってこう回答したつもりはなかった。
負の感情とは、怒りや恨みのことを差す。
ならば逆に心が弾むことをすればよいのではないか、という安直極まりないと自負する回答を雷志はその意味を吟味することなく発したに他ならなかった。
おそらく違うだろう。雷志は自嘲気味に小さく笑う。
なんのひねりもなく、幼児のごとき発想力は我がことながら呆れる、と。
しかしサクヤの反応は、満面の笑みを彼に示した。
「せいかい! なかなか鋭いな雷志くん」
「え? あってたのか……?」
「楽しかったり嬉しいって思うこと。それが荒魂を出さない方法であるし、カミやアラヒトガミの力の源でもあるんだ」
「なる……ほど?」
「――、世界は高度に発展した。だけど人々の心には未だに
「はぁ……つまり、ミノルがずっと一人で腕に向かって話しかけていたのは、その"けぇちゅうばぁ"だったからってことか……」
いまいちよくわかっていないのが、本音なところではある。
サクヤの話す内容は、このわずかな時間で理解するのは雷志にとっては至難の業も同じであった。
さも当然のごとく出る南蛮語も、馴染みがまるでない彼にはその意味を予測することさえも骨が折れる。
日ノ本の言葉でわかりやすく説明してほしい、と雷志はすこぶる本気で思った。
「さてと。それじゃあ雷志くんの話に戻すけど、今後の君についてだけど――」
「あぁ、その前に一ついいか?」
「どうかしたのかな?」
「その"けぇちゅうばあ"って言うのは、俺もやってもいいのか?」
「へ!?」
「ら、雷志さん!?」
二人がひどく驚いているのを他所に、雷志は一切意に介することなく更に言葉を続ける。
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