第12話:これからの人生
「せっかくこんなおもしろい世界にいるんだ。隠居生活するには、あまりにももったいないだろ?」
正直なところ、雷志はアラヒトガミのあり方について――もとい、配信については微塵の興味もない。
大前提として彼の行動理念は、あくまでも己のためのみにしかない。
己が剣は誰かのためにあらず、すべてはただ一心に高みを目指すためだけに他ならない。
来るものは基本拒まないが放任し、去る者は追わず。それが雷志のモットーである。
「ちょ、それはダメダメ! 絶対にダメだからね!?」
「なんでだよ。別に問題ないだろ」
「ダメなものは絶対にダメだからね!」
サクヤのあまりの制止ようには、雷志の表情も険しい。
己の人生をどう飾るかは他人にあらず。
どう生きてどのような結末を迎えるか、満足いくか否かはさておき。
己で決めるからこそ意味もあれば価値もある。
故に他人がどうこう口にする権限は本来なく、例えそれが神であろうとも雷志に従おうという気は毛頭なかった。
とやかく言われる筋合いはないぞ、と雷志は牽制の意味をこめてサクヤに鋭い眼光を飛ばした。
そこにはわずかばかりではあるが殺意が宿っていて、獲物を狙う猛禽類が如く冷たい眼差しを前にしたサクヤだが、それに怯むことなく毅然とした態度をもって彼と相対する。
「とにかくダメなものはダメ! 雷志くんはそんな危ないことをしたらダメだからね!」
「危ないのは百も承知だ。だが、俺はお前たちがあの無人島に来る前からずっと禍鬼と殺りあってきている。もちろん、そうなる前からもな。俺にとって危険なのは今更すぎるんだよ」
「そ、それでもダメなものはダメなの!? 他の男の人なら特に止めないけど、雷志くんは絶対にダメ!」
「そこまで頑なに拒むのは何故なんだ……? いずれにせよ、隠居生活なんてものはまっぴらごめんだ。それに――」
雷志にはもう二つ、この時代を生きていく上で避けられない現実があった。
それが衣食住に加えて資金面の確保である。今の彼は無職にも等しく、当然ながら街に居を置く以上は金は必要不可欠だ。
かつてならば
また、人には得手不得手がある。
基本斬ること以外の特技がない己が商売や丁稚などの仕事に向いていないとは、雷志自身が一番よくわかっていた。
己という素材を最大限活かせられることはなにか? それに対する答えは最初から一つしかない。
だからこそこうも頑なに制止するサクヤが、雷志は疎ましくて仕方がなかった。
「だ、だって……」
「だって、なんだ?」
「その、えっと……」
「まぁ、いいのではないでしょうかサクヤ様」
そう助け舟を出したのは他でもない。
ミノルの言葉にはサクヤよりも、雷志の方が驚いていた。
というのも彼女はいわばサクヤの家臣のようなものである。
それをこうもあっさりと意見申し立てをしたのだ。
よっぽどサクヤからの信頼があるのだろう、さもなくば聞く耳を持ってもらえないばかりが、最悪の場合不敬罪として即刻処されていてもおかしくはない。
どうやら思っている以上にこの気娘は位の高い人種であるらしい、と雷志はそう思った。
「サクヤ様のお気持ちはわかりますけど、だけど雷志さんの実力は本物です。実際、私は雷志さんに手も足も出ずに完敗しました。それに、無理に抑制することで荒魂が生じたらそれこそ本末転倒ですよ?」
「それは、そうかもだけどぉ……」
「……どうしてお前はそんなに拒むんだ? 何かしらの理由があってなんだろ? その理由を聞かせてほしい」
「えぇ!? そ、それは、その……」
雷志がこう尋ねた瞬間、さっきまで饒舌だったサクヤが突然ぴたりと口を閉じてしまう。
あまりの変わりようには、さしもの彼も戸惑いを禁じ得ない。
一方で彼女の頬がほんのりと赤らんでいることに、はたと雷志は気付く。
もちろん何故頬を紅潮させているかまでは、雷志も皆目見当もつかない。
さっさと言えばいいものを、と。口籠ってなかなか先を言おうとしないサクヤを、雷志はますます訝し気に見やった。
「……どちらにせよ、俺は考えを改める気は更々ないぞ」
「うぅ……どうしても?」
「あぁ。配信者とか“けぇちゅうばぁ”については知らんが、それ以外の方法で俺は勝手にさせてもらう」
「……はぁ~もうわかった! わかりましたよ! これもうサクヤが何言ったって絶対に引かないじゃん……」
がくりと項垂れるサクヤ。ピンと立っていた狐耳も今ばかりはすっかりしょげてしまって元気がない。
あからさまに落胆するサクヤだが、雷志はそちらにはもう気に留めてすらいない。
合法的にダンジョンへと挑み
それが何よりも雷志は嬉しくて仕方がなかった。
――これから先、どんなやつと出会えるか楽しみだな。
――しかし、そのためにもまずは色々と整えてやらないと。
――
――いざって時に壊れては元も子もない。
そこまで考えて、雷志はハッとした顔をした。
この時の彼の表情は血の気が引いて、やや青白い。
頬の筋肉もひくり、と釣りあがっていて冷静とは言い難い表情だった。
なんだか猛烈に嫌な予感がする、と雷志は祈るような気持ちでサクヤにおそるおそる尋ねた。
「と、ところで少し聞きたいんだが……俺の家って、今はどうなってるんだ?」
「え? 雷志さんの家……ですか? ちょっと待ってくださいね。えぇっと、確か雷志さんが昔住んでた場所はっと――あ、今は大型スーパーになってますね」
「えっと、それはつまり?」
「まぁ、時代の流れってやつですね。大変言いにくいんですけど、その……家はもうないです」
「それについてなら安心していいよ雷志くん! ちゃんと君の今後はサクヤが責任をもって面倒を見る――」
「そ、そこはいいんだ! その家には俺が今まで集めた刀があったはず! それはどうなったんだ!?」
「え? 刀ですか? えっと……それについてはよくわかってないですね。資料の方にも特に書いていないですし」
「ん~でも可能性としては多分、雷志くんが島流しに処されてから当時の国が回収してるだろうし、でも隕石が衝突したりとかのゴタゴタで損失したって考えた方がいいのかも……」
「嘘だろ……お、俺の蒐集した刀が……」
「げ、元気出してください雷志さん……」
「そ、そうそう! もしかしたらなんらかの形でどこかにあるかもしれないし!」
サクヤもミノルの必死の励ましも、今の雷志の耳にはまるで届かない。
これまでに蒐集した日本刀には、いずれもそれ相応の思い入れがある。
単純に失っただけであれば、彼がこうも落胆することもなかったろう。
いつか必ずすべてを取り戻してみせる、と雷志は心からそう強く誓った。
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