第10話:お狐なカミ様

 国会議事堂は、さながら巨大な城である。


 タカマガハラの心臓部にして人類最大の要でもあるので、こと防衛力においてはどこよりもずっと高い。


 外観は訪れた者を圧巻する。単純に巨大なだけでなく、他にはない神聖さがこの建物にはあった。


 神が住まう所なのだから、神聖な雰囲気をかもし出すのは至極当然と言えよう。


 同様に外観が立派であれば内観もまた然り。


 明らかにここは自分のような輩がいていいような場所じゃない。


 身をもって実感し呆然と立ち尽くす雷志を他所に、ミノルはさも平然といった様子で奥へ進んでいく。



「――、こっちですよ雷志さん。離れずについてきてくださいね。ここ、ものすごく広くてはじめて来た人はだいたい迷っちゃいますから」


「あ、あぁ……」



 きょろきょろと周囲を忙しなく一瞥しながらも、雷志が着いたそこは大きな扉がそびえ立っている。


 青銅製に宝石で装飾が施されているデザインが、この部屋が要人のためにあるものと想像するのは実に容易い。


 これよりとうとう神と対面を果たす。


 緊張した面持ちをする中で、扉が独りでに開かれる。



「――、サクヤ様。ただいまお連れしました」


「――、よし……よし。後ちょっと……後ちょっとで積年の恨みを果たせる……!」


「……ちょっとサクヤ様? 聞いてますか? 雷志さんを連れてきましたよ?」


「いけいけいけいけいけ……! 前にアイテムを全ロスされた恨みじゃ!」


「…………」



 サクヤ――ミノルよりそう呼ばれた少女を、雷志は訝し気に見やった。


 カミなのだから人非ざる者としての姿形をしている。


 それについては、ついさっき説明を受けたばかりなので雷志は素直に受け入れた。


 白銀に燃える、さらりと流れる長髪より獣耳がひょこっと顔を出している。


 おまけに背中では、触れればさぞ心地良いだろう。尻尾が忙しなくゆらゆらと揺れている。


 この娘は稲荷かなにかだろうか、と雷志ははて、と小首をひねった。


 それはさておき。


 ミノルから声を掛けられたにも関わらず、件の狐娘はまるでそれに応えようとする気配がない。


 何故ならば狐娘の意識はさきほどからずっと、目の前の水晶板に集中していた。


 それがなにか、雷志は当然知る由もなく。代わってミノルが深い溜息を隠すことなく吐いた。



「ちょっとサクヤ様! 来たんですからいつまでもゲームばっかりしてないでさっさとこっち向いてください!」


「あぁ! 今いいところだったのに!」


「というか、この国のトップが仕事もしないで何日が高い内からゲームなんかしてるんですか!? 国民が見たら批難殺到ですよ!?」


「サクヤにはちゃんと帝兼配神者っていうちゃんとお仕事があるんですー! 今だって実況動画の録音中だったんだから!」


「はぁ!? 何やってるんですか本当に!?」


「なぁ……あの……」


「っとと。ごめんごめん、いきなりすぎて混乱しちゃってるよね。はじめまして、古の流刑人。ボクがこのアシハラノクニで一番えら~いカミ様の葛葉くずのはサクヤだよ」


 屈託のない笑みを浮かべる狐娘――葛葉くずのはサクヤを雷志は訝し気に見やった。



 ――本当に、こいつが神様なのか?

 ――どっからどう見ても、ガキにしか見えないんだが……。

 ――狐耳に尻尾……か。数百年で色々と進化しすぎだろ人類。

 ――てか、どうなってんだよ。いろいろとヤバすぎるだろ。



 人を見かけだけで判断する者は二流のするところである。


 雷志も重々それを承知している、しかし彼女はあまりにも子供すぎた。


 言動はもちろん全体に雰囲気すべてにおいて、神らしさがまるでない。


 これで国を統べる立場にあるというのだから、彼が怪訝な眼差しを向けるのも無理もなかった。


 果たして、こんな子供に国や民をまとめられるのだろうか。


 疑問と一抹の不安を胸中に抱く雷志だったが、当人の意気揚々とした口調で言葉を紡ぐ。



「さてと、まずは雷志くん……で、いいんだよね? 君のことはちゃんと調べさせてもらったよ。かつて山田浅右衛門やまだあさえもんを襲名した後、藩主の息子が愚行を犯したのを処罰。殺人の容疑で島流しに処されるも、そこで数百年物間ずっとダンジョンで禍鬼まがつきと戦ってきた……うん、まぁなんていうか……君って本当に人間なの?」


「そう言われてもな……」



 雷志には、数百年もの歳月が経ったという実感がまるでない。


 体感時間的にはたったの一カ月程度で、彼自身でさえも未だ信じられずにいるのが正直なところだ。


 しかし周囲にある景色が現実であることを否が応でも雷志に認知させる。


 受け入れるしかない。雷志は自らにそう言い聞かせる。


 それはさておき。


 和泉雷志いずみらいしとは、果たして何者であるのか?


 この質問に対して彼は、質問者である彼女らを納得させるだけの答えがない。



「別に特に何もやってないぞ俺は。普通にあの洞窟……“だんじょん”でひたすら禍鬼まがつきを斬ってたぐらいだぞ?」


「うん、それがまずおかしいんだよねぇ」


「おかしい?」


「雷志くんはさ、まずはっきり言ってかなりイレギュラーな方なんだよ?」


「……何? いれ……もっとわかりやすい言葉を使ってくれ。南蛮語はよくわからん」


「つまり、異常ってこと。禍鬼まがつきを倒す……浄化できるのは、サクヤ達みたいなカミか、もしくはアラヒトガミにしかできないことなんだよ」


「どういう、ことだ?」



 サクヤの発言に雷志は眉をくっとしかめた。


 彼女曰く、禍鬼まがつきと対等に渡り合えるのは特殊な力を有する彼女達のみ。


 男性にその力は一切なく、劇的に進化を遂げた軍事力も禍鬼まがつきの前では無力に等しい。


 この話が事実であるならば、何故自分はこれまで禍鬼まがつきを斬れたのか。


 ミノル達の謎は、同時に雷志にとっても大きな謎となった。


 思い当たる節は――。



「……もしかして、あれか?」



 雷志は、しかしそこで沈思する。



 ――一つだけ、なくもない。

 ――だが、あれがそうなのか?

 ――でも、思い当たるっていったらもうそれしかないぞ……。



 いまいち確証が持てない雷志を、サクヤが急かすように口火を切って吼えた。


 その彼女の瞳はきらきらと輝いて強い好奇心を示している。



「え? なになに? 何か思い当たることがあるの!?」


「サクヤ様、食いつきすぎです。でも、確かに私も気になるところではありますけど」


「……はっきり言って、これが本当にそうなのかは確信もてないぞ?」


「それでもいいよ! 昔の人の話は貴重だし、興味あるもん!」


「……わかった」


「それでそれで!? 何があったの!?」


「……かなり前の話にはなるんだけど。一人のじいさんを助けたことがある」



 雷志はゆっくりと、懐古の情に浸りながら静かに言葉を紡いだ。

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