第二章:アシハラノクニ
第9話:ジェネレーションギャップってレベルじゃねーぞ!
雲一つない快晴は清々しいほど青々としている。
ダンジョンを出て早々に出迎える心地良い微風に頬をそっと優しく撫でられながら向かった浜辺にて、雷志は早速新たな驚愕を目の当たりにした。
船である。ただしその造形は彼の記憶にあるそれとはまるで異なる。
小型であるのも然り、そして鋼鉄でできている。
それだけならばともかく、
しかし風がなくともぐんぐんと大海原を進む圧倒的スピードと爆音に、雷志一人だけがわーわーと騒いでいた。
驚愕は絶えることなく、更に新たな波となって雷志に襲い掛かる。
それが今彼の視界いっぱいに映る光景そのものだった。
「な……なんじゃこりゃああああああああ!!」
「う~ん、まぁ……そうなりますよ、ねぇ……あはは」
「いや、あははで済む話じゃないからな! 俺がいない間日ノ本はどうなってしまったんだ!?」
「あ、今はもう日ノ本じゃなくてアシハラノクニって改名されてます」
「国の名前が変わるという事態!?」
かつての町並みは、その面影はほぼ皆無に等しかった。
大小新旧様々なビルが群集する町並みを、多くの車と人が忙しくなく行き交いする。
この時代に生きる者達からすれば、これこそが当たり前の世界なので特になんの感慨も抱くことはない。
数百年も昔の時を生きる雷志は、にわかに信じ難い光景なのはもはや語るまでもなかろう。
――こ、これが本当に日ノ本なのか!?
――全然当時の面影がなさすぎるぞ!?
――たった数百年でこうも劇的に変わるものなのか国っていうのは!?
――……やばい。頭がおかしくなりそうだぞ。
――そ、それになんなんだあの
雷志が一番に注目したそれは、一人の女性だった。
西洋の装い――洋服を着こなす彼女だが、特におかしな部分はない。
ただ一つだけ、頭より生えた角と思わしき突起物を除けば、の話ではあるが。
どうして鬼が人間社会にいるんだ、と雷志はすこぶる本気でそう思った。
腰の大刀に手を掛けようとした彼を、ミノルが慌てた様子で制止する。
「ストップストップ! 落ち着いてください雷志さん! あの人は
「はぁ!? し、しかしあの女は頭に角が……!」
「それについてはちゃんと移動する傍らで説明しますから! ほら、タクシー拾いましたから乗ってください!」
「こ、この鋼鉄の乗り物に乗るのか……? お、おいこいつは乗っても大丈夫なんだろうな?」
「大丈夫ですって! 食べられたりしませんから! ほら乗った乗った!」
「お、おぉ……」
半場強制的に乗車させられた雷志は、またしても新たな驚愕を目前にぎょっと目を丸くした。
窓の向こうでは、景色がぐんぐんと流れていく。
タクシーが出すスピードは馬車はもちろん、彼の記憶にあるどの乗り物よりも遥かに速い。
数百年でここ、日ノ本……もといアシハラノクニは大きな進化を遂げた。
衝撃的事実に驚きを禁じ得ない雷志だが、彼の瞳はいつになくらんらんと輝いていた。
さながら幼子のようですらある姿に、ミノルがくすりと笑う。
彼女からすれば当たり前でも、先人にすればすべてが目新しく刺激的なのは言うまでもない。
だからいささか過剰すぎる反応が、ミノルは面白くて仕方がなかったのだ。
「……本当に何もかも変わってしまったんだな」
「はい……」
「……親父達もいなくて当然、か」
「……心中お察しします」
「いや、いい。それより話を聞かせてくれないか? さっきの女は……」
「あ、はい。そうでしたね。どこからお話したらいいか――」
曰く、数百年前に飛来した隕石によってすべての生態系が大きく狂った。
中でも特に影響を著しく及ぼしたのか人類だった。
特殊な力に目覚めた者は、アラヒトガミと総称される。
誰しもがアラヒトガミとなったのか? これについては否である。
アラヒトガミは等しく女性のみで、男性は存在しなかった。
何故そのようになったかは、科学が発展した現代においても未だ解明されていない。
「――、一言にアラヒトガミって言ってもその種類は様々です。例えばさっきの女の人みたいに角が生えたりとかする場合もあるし、私みたいに見た目は普通だけど特殊な力が使えるタイプもいます」
「じゃあ日ノ本……いや、今はアシハラノクニだったな。それじゃあ女は全員アラヒトガミとやらで、強いのか?」
「いえ、これも個人差がものすごくあるんです。見た目が違っても普通の人間と変わらない人もたくさんいます。遺伝的なものや才能だったりとか、後は何代も続いたりすることで力が弱まる場合とか、理由はいろいろあります」
「なるほどな……」
「そして、そのアラヒトガミの中でも特に突出した力を持った人は、カミと呼ばれています。アラヒトガミとは一線を画すもの。不老長寿に優れた肉体と力を持つ……それがカミです」
「おいおい、この国にはとうとうカミ様まで現れるようになったのかよ……」
口ではそう言ったものの、雷志の顔は不敵な笑みを作っている。
なんだかおもしろくなってきた、と雷志はすこぶる本気でそう思った。
――鬼も神様も、実在する世の中になったのか……。
――鬼は斬った……だったら次は神様相手に挑むのも悪くないな。
――神様がどれだけ強いのか……試してみたい。
――……果たし状を送ったら引き受けてくれないかな?
あろうことか神に戦いを挑むなど、それはもはや神への冒涜にすぎない。
そもそも神という万能にして絶対的力を有する存在に、人がどうして敵おう。
雷志がやろうとしていることは、はっきり言って無謀そのもの。
蟻が巨象に挑むも等しい愚行を侵しては、誰も彼に同情しようとはするまい。
それを理解して尚も、雷志は神への挑戦をこの時強く希望していた。
すべては己の剣を磨くために。彼にとって神も所詮は己のための踏み台でしかないのだ。
「――、ところで。俺達は今どこに向かってるんだ?」
「あぁ、それなら国会議事堂です」
「国会……議事堂?」
「えっと、この国のえらーい方がいっぱいいるところです」
「大名がいる場所ってことか」
「まぁ、そんな感じ……かなぁ――いるのはカミですけどね。あ、見えてきましたよ」
「おぉ、あれか」
遠くに見える大きな建物に雷志は感嘆の息をそっともらす。
今から邂逅する神はどんなものか。期待を胸に抱きつつ、雷志は眼前にそびえ立つ巨大な建物――国会議事堂をジッと見据えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます