第8話:この環境からの卒業
だらりと垂れた刀身に、雷志は深い溜息と共に見下ろす。
「こいつ、鞭のようにしなるのが特徴的なんだが。どうもこいつは俺の性にはあわん。ほしかったらもっていっていいぞ」
「い、いいんですか!?」
「俺の物じゃないからな。咎める権利は俺にはないし」
「でも、せっかく雷志さんが手に入れたものなのに……」
「言っただろ? こいつは俺の性には合わないって。それに俺にはこいつがある」
雷志がそっと触れたそれは、彼の愛刀である。
もしくは、彼の半身と言っても過言ではない。
無銘ではあるものの、その実。出来栄えは良業物に匹敵する。
数多くの苦難を共にしてきたそれは、正しく
まじまじと見やるミノルは、ここで怪訝な眼差しを向けた。
明らかに何か異議申し立てをした気で、そんな彼女に雷志もはて、と小首をひねる。
「信じられない……」
「信じられない? 何がだ?」
「これ、普通の刀ですよね? 呪物でもないし、なにか特殊な力があるわけでもない」
「そりゃあ、なぁ。この刀を打ってくれた
「こ、これで今まで
「そうだぞ。いくら俺でも、あいつらを相手に素手でどうにかできるとは思ってないからな」
雷志の言葉に、嘘偽りと言ったものは一切ない。
あるがままの事実を伝えたまで。
これまでに数多くの
それが激戦だったのは言うまでもなく、そんな熾烈な環境下でも彼の大刀は未だ健在である。
通常、日本刀は対象を斬り続ければ切れ味はどんどん落ちていく。
刀身に血脂がべったりと付着すればそれだけ切れ味は鈍る。
堅牢な骨を断てば刃毀れは避けられまい。
町中であれば定期的なメンテナンスを可能だが、ここは鬼が住まう無人島だ。
何もない、劣悪極まりない環境下では満足なメンテナンスもできない。
いかにして彼は己が愛刀をこうも長持ちさせたか。
強い好奇心に満ちた目をするミノルに、雷志はうんうんと唸った。
「……特に思い当たる節がないな」
「えぇっ!?」
「いや、お前が言わんとしていることはわかる。だけど俺自身特にこれと言って何かやった覚えはない。あのじいさんが打ってくれた刀だからすごいんだなぁ、ぐらいしか……」
「えぇ……そんないい加減な」
「ほっとけ。とにかく、俺にはこいつがあるから問題ない。その刀はお前が欲しかったらもっていけよ」
「う、う~ん……じゃ、じゃあ雷志さんが預かってくれませんか?」
「いや、なんで俺が?」
ミノルの突然の申し出に、雷志ははて、と小首をひねった。
当事者がくれてやる、と言っているのだから遠慮をする必要はない。
それが美徳であるといえば、確かにそうとも捉えられよう。
謙虚な心は大切ではあるが、度がすぎると返って相手を不快感にもさせる。
しかしミノルの言葉には不快感をまったく憶えない。
とりあえず理由を聞いてからでも遅くはあるまい、と雷志はそう判断した。
「ダンジョンを攻略した場合、そこで見つけた呪物は基本その人物が持って帰ってもいいようになっているんです。雷志さんがこのダンジョンを攻略した……だから私が雷志さんから一本取るまで預かっててください。もし私が一本を取れたらその時は、改めてもらいます」
「……なるほどな。いいだろう、それじゃあその時が来るまでこいつは俺が預からせてもらう」
「――、それじゃあ。そろそろ行きましょうか」
「ここはどうなるんだ?」
「恐らく、封印されると思います」
「封印?」
「そもそもダンジョンというのは、根深い怨嗟が渦巻く起因となった場所が多いんです。例えば昔、そこで戦があったとか」
「なるほど……」
雷志が今いるここは、無人島という名の流刑地である。
彼が訪れるよりもずっと昔から先駆者がいたし、雷志が知る限りでもその数はざっと100は超える。
実際はもっとたくさんいるだろう。そしてどのような思いで死したか。
それを雷志が知る術はない。死人に口なし、とはよく言ったものだ。
いずれにせよ、中には本土へ思い馳せた輩も少なからずいただろう。
そうした者にしてみれば、孤島での最期はさぞ無念だったに違いあるまい。
「長年に渡る怨嗟から生じた
「まぁ、よくわからんが。とりあえずここにはもう、
「そう、なると思います」
「そうか。ならさっさと次の場所を探しに行かないとな――ミノル、だったな。俺から離れるなよ」
「え?」
「俺がお前の剣を折ってしまったからな。
「あ、は、はい……!」
「――、それじゃあ行くぞ。一カ月ぶり……いや、数百年ぶりの外だ」
不敵な笑みと共に雷志はミノルと住み慣れた
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