第14話 ウィッチキャット
夜も近づいて来た夕暮れ。
とあるビルの屋上でヘルメットを取り、仮面を外す。
ウィッチキャットに神月紫狼としての素顔を見せた。
「やっぱり、あなただったのね」
「キミの読み通りね。俺もキミの正体に見当がついたよ。乙ノ木さん、でしょ?」
「当たり」
猫の仮面が取れ、乙ノ木さんの素顔が見える。
「正体がバレるとしたらあの時しかなかった」
「そう。あなたが飴玉を投げたあの時よ。一目見てピンと来た」
「誰も見てないと思ってたんだけどね、詰めが甘かったか」
カラスからネックレスを取り返したことに後悔はいないけど、失敗したな。
「あのー、このことは黙っていてほしいんだけど」
「えぇ、もちろん。口外はしない。そう約束したでしょう? 飴玉一つで」
「あれってそう言う……」
今見たことを口外しない約束の中に、VTウルフのことも入ってたのか。
「それに例えそうじゃなくても言いふらしたりしない。あなたには助けられているもの」
「それなんだけど、キミを助けた……いや、手助けしたことって一回しかなくない? その口ぶりだと何度も助けているように聞こえるけど」
「何度も助けられているのよ、本当に」
「どういうこと?」
「私はね、児童養護施設出身なの。わかるでしょ? あなたが獲得しながら手放した賞金が行き着く先よ」
「だから、助けられてる……いやいや、ちょっと待った! 俺、賞金の使い道なんて誰にも話してないけど!」
「もちろん最初は誰が寄付してくれたのか教えてくれなかった。でも、どうしても誰が助けてくれているのか知りたくて役所に問い合わせたのよ。何度も何度も。頑なだったけど、最後には折れてくれてよかった」
「それって教えちゃダメな奴じゃん!」
完全にダメなことしてる。
「だから絶対に他の誰にも教えないようにって釘を刺されたものよ」
「俺に教えてるのはセーフ? アウト?」
微妙なところだった。
「私はね、常々こう思っていたの。いつか恩返しがしたいなって。私はあなたになにをすれば恩を返せたことになるのかしら」
「気持ちは嬉しいけど、恩を返す必要はないよ。見返りがほしいわけじゃないんだ」
俺が託した賞金が正しいことに使われている。
そう知れただけでも満足だ。
「すこしでも助けになれた。その事実だけで十分。それかその恩をまた別の誰かに渡して――」
「ダメ」
乙ノ木さんに側まで寄られ、顔が近くなる。。
「私はあなたに恩を返したいの。この気持ちは例えあなたでも否定させない」
「お、俺にどうしろと」
「私の感謝の気持ちを受け取ってくれればいい。まず手始めになにをしましょうか」
「手始めにって一つじゃ終わらないの?」
「そのくらいあなたに対する感謝が大きいということなの。本当に本当に、どれだけあの寄付で助かったことか。お陰で兄弟、家族同然に育った人たちと離れ離れにならずに済んだ」
だから、と指先がぴんと向けられる。
「覚悟して私の感謝を受け取ってね」
「……わかったよ。乙ノ木さん」
乙ノ木さんは例え俺が嫌だと言っても恩を返し続ける。
そう言う人だってよくわかった。
「じゃあ、一つ質問。乙ノ木さんの異能ってなんなの? あの黒いの」
「影よ。影を操れるの。ちなみにこれは恩返しの一つにはカウントされません」
「くそ、ダメか」
見抜かれていた。
「能力の制御が上手にできなくて、出力が大きくなってしまうのよ。だから使うのは追い詰められた時か、緊急事態の時だけって決めてるの」
「なるほど、それで」
両手を刃に変えていた賞金首相手に異能を使わなかったのはそのためか。
「活動を初めてどれくらい?」
「二ヶ月ってところ」
「あぁ、ならまだ自分の異能に慣れてない時だね。俺も結構、苦労したし」
「知ってる。よくビルの壁面に激突してた」
「それも知ってるのか……まぁ、昔から見てくれてるって言ってたもんね」
出来れば見てて欲しくはなかった場面だけど。
「それでもあなたは挑戦し続けた。壁面に自らを叩き付けても、賞金首に返り討ちにあっても、何度倒れても、そのたびに立ち上がって人々のために戦った。私はそんなあなたに憧れて賞金稼ぎになったのよ」
「……面と向かってそう言われると、なんだか気恥ずかしいな」
自分がやってきたことを肯定されるのってこんなに嬉しいんだ。
「だから、こうなった以上、私はあなたを逃がさない」
「に、逃がさない?」
「あらためて言うけれど、覚悟してね」
「……はい」
感謝される側なんだよね? 俺って。
まるで乙ノ木さんに追い詰められているみたいな状況だけど。
「それと」
「ま、まだなにか?」
「私のことは乙ノ木さんじゃなくて鈴音と呼んでね。紫狼くん」
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