第10話 ファイアフォックス


 乙ノ木さんは約束通り、今朝のことを誰にも話さなかった。

 内心ひやひやしたものだけど、義理堅い人でよかったと思う。

 これが颯太以外のクラスメイトの誰かだと思うとぞっとする。


「よっと。ちょっと休憩」


 夕日に染まる街を眺めながらどこかのビルの屋上の縁に腰を下ろす。

 足を投げ出してヘルメットを外し、仮面も外して大きく息を吸い込んだ。


「ふぅ……意外とこの格好でも買い物って出来るんだ」


 コンビニの買い物袋には温めてもらったばかりの弁当が入ってる。

 店員さん、びっくりしてたけどちゃんと対応してくれて助かった。


「ありゃ、割り箸がない……びっくりしてたし、しようがないか」


 しかし困った。

 箸がないと食べられないし、手掴みはちょっと。


「あ、そうだ」


 スーツに稲妻を流して一部を分離。

 指先から長細い棒を二本取りだせば箸の完成だ。


「俺って冴えてる。いただきます」


 慣れない鉄製の箸をカチカチと鳴らして弁当にありつく。

 すこし物足りないけど返ったら晩ご飯もあるし、今はこれで我慢我慢。


「ごちそうさま」


 ぺろりと平らげてまた一息をつく。

 高い所でぼーっと夕日を眺めるのもたまにはいい。

 颯太からの連絡もないし、すこしの間、ゆっくりしていよう。


「おっと、着信だ」


 噂をすればだ。

 急いで仮面を被る。


「紫狼。賞金首が出たぞ、二人同時だ」

「お友達同士ってこと?」

「いや、別々に現れて接触もせずに暴れてる。関係性はないはずだ」

「オッケ。どっちが近い?」

「そこからじゃどっちも似たようなもんだけど、こっちだな」


 視界に表示されたミニマップに赤い点で表示される。


「なら、そっちに行こう」


 空の弁当を袋に詰め、ヘルメットを被り、ビルから飛び降りる。


「近くに公園が……あった!」


 今時珍しいゴミ箱のある公園。

 飴玉をカラスに当てた要領でゴミ袋に紫電を流し、ゴミ箱へとシュート。

 真っ直ぐに落ちて吸い込まれたのを確認して、賞金首の元へ。


「賞金首の名前は尾白正隆おじろまさたか、通称ファイアフォックス。宝石店強盗の常習犯だ。賞金は四十万」

「もう一方は?」

葉頭賢人はがしらけんと、通称ブリザードラクーン。こっちはATM強盗だな。賞金は同じ四十万」

「その二人本当に無関係? 思いっきりむじななんだけど」

「偶然、とは言い切れないけど、接触してないのは事実だしな。現段階ではなにもわからない」

「了解。行って確かめてみよう」


 ビルに紫電の弾丸を撃ち込んで加速。

 建物の隙間をすり抜けて目的地へ。


「やあ、みんな。ちょっと間が空いたけど、配信始めるよ」


 基本、いつもゲリラ配信なのに、リスナーの皆はよく集まってくれる。

 まぁ、リスナーのほとんどがウォンテッドのアプリをインストールしてるはずだし、通知に合わせて配信してるかどうか確かめてるんだろうけどね。


「いつも応援ありがとう。賞金首を捕まえられるよう応援よろしく!」


 数分と掛からず駆けつけると、被害状況が見えてくる。

 溶けた信号機、燃える街路樹、火傷を負った警察官。


「酷い」


 それを目印に空中を駆ると、この自体を引き起こした張本人に辿り着く。

 金色の長髪にサングラスを掛け、ラフな格好をした成人男性。

 その腰からは九つにも渡る黄金の尻尾が生えていた。

 逃走する彼の頭上を通り過ぎ、立ち塞がるように着地、逃走経路を遮断する。


「おおっと、賞金稼ぎか」

「御名答」

「良い趣味してるな。狼か」

「そういうキミは狐らしいね」

「あぁ、そうだ。いいねぇ、狐と狼、どっちが強いか勝負と行くか!」


 高く飛んだファイアフォックスが繰り出すのは九つの尾による鞭。

 九連撃の攻撃を後方に跳んで躱し、着地と同時に紫電の弾丸を撃つ。

 その一発は尾に叩き潰されたが、一本を帯電状態に出来た。


「宝石を返して自首する気はない? 差し入れに持っていくよ、厚揚げ」

「そいつはいい! 俺が捕まったら是非持ってきてくれ。捕まったらな!」


 その手の平に灯すのは燃え盛る炎。

 信号機を溶かし、街路樹を灰にし、警察官を焼いた炎。


「こいつは熱いぜ!」


 投げつけられる火炎を前に、こちらは紫電の弾丸を放つ。

 炎に対してではなく、道の穴を塞ぐマンホールに。

 引き寄せ、左腕に装着。

 着弾する炎をマンホールで受け、爆風を跳ね返す。


「そうでもないみたい」

「野郎!」


 次々に飛来する炎をマンホールの盾で防ぎながら前進。

 直撃コースの炎を振り払うようにして弾き、左腕を前へ。

 磁力の斥力を利用してマンホールを射出し、ファイアフォックスの不意をつく。


「マジかよッ」


 フリスビーのように跳んだマンホールは尾で弾かれたが役割は十分果たせた。

 マンホールに気を取られているうちにこちらは距離を詰め、すでに至近距離。

 ガードのために割って入った尾ごと右ストレートで殴り抜ける。


「これで三本」


 マンホールを弾いて一本、殴って一本。

 あと六本。

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