第7話 手助け


「紫狼、出番だぞ。ウォンテッドから通知が来た。位置情報を送る」

「了解。えーっと、ここから近いな」


 視界に映るミニマップを頼りに移動開始。

 地上の道を無視して建物の屋上を駆けて一直線に現地へ。

 目的地に近づくたびに、派手な音が響いてくる。


「到着っと」


 屋根の上に着地。


「さて、暴れん坊はどんな顔してるかな……って、先客がいる」


 前屈みになって見下ろすと、すでに誰かが賞金首と戦っていた。

 簡素な黒い衣装を身に纏った少女、同い年くらいかな。


「ちょっと待ってくれ……あぁ、ちょうど配信されてるな。名前はウィッチキャット」

「魔女の猫。黒猫か。いい名前」


 魔女の使い魔はいつだって黒猫だ。


「先を越された。割って入るのはマナー違反だよね」

「でも、苦戦してるみたいだぞ」

「たしかにそう見えるけど」


 賞金首の異能は両腕を刃にするというもの。

 鋭い斬撃の応酬を、ウィッチキャットはよく捌いているけれど、押されている。

 このまま行けば押し巻けるのは彼女のほうだ。


「じゃあ、こうしよう」


 屋根の上に落ちていた小石を拾い上げて異能を流す。

 磁気を帯びて磁石と化したそれを賞金首目掛けて投擲。

 小石は引き寄せられるように軌道を曲げて金属質の刃を打つ。


「なッ――」


 小さな衝撃でも、不意を打つには十分な威力がある。

 剣先がブレ、意識が散り、状況判断が鈍ってしまう。

 驚いたのは彼女も同じだったが、好機が訪れたと即座に理解した。

 強烈な握り拳が鳩尾に見事に決まり、それを持って賞金首はあえなくダウン。

 刃になっていた両手が人のそれに戻り、彼女は手早く四肢を拘束した。

 それから彼女の視線がこちらを向く前に斥力跳躍してその場を後にする。


「ふぅ、上手く行ってよかった」

「そうでもないみたいだぞ」

「え?」

「ウィッチキャットのコメント欄にVTウルフの名前が出てる」

「なんで? 絶対にバレないと思ったのに」

「絶賛バズり中だからな、ただでさえ候補に挙がりやすいんだ。それに加えて電気や磁力を使うこともバレてるし、見る奴が見ればわかるんじゃねーの。小石一個でも」

「マジかー。格好悪い」

「逆だろ、助けたんだ。これでまたチャンネル登録数が増えるかもな」

「こう言うのは正体がバレないほうが格好いいの」

「ヒーロー的に?」

「ヒーロー的に!」


 あんまり人の配信に出しゃばりたくなかったんだけど、しようがないか。

 次はもっと上手くやろう。


「お、十五万人越えた。いいペースだ。今日中に二十万人まで行くんじゃないか?」

「それだけ多くの人に支持されるのはありがたいね。配信してきた甲斐がある」

「あぁ、そうだな。でも気を付けろ。人が多くなると変な奴に目を付けられることもある」

「変な奴って?」

「たとえば――」

 次の足場に着地した直後、その足下で何かが弾ける。

 何事かと思えば視界の端で光が流れた。

 昼間の流星。

 空の彼方が若干赤みがかっているとはいえ、星が降るには早すぎる。

 これは俺に対する攻撃だ。


「お星様に好かれるなんてお伽噺みたいで素敵だけど」


 矢のように迫る流星から逃れるために大きく後方へと跳ぶ。

 先ほどまでいた位置で星が爆ぜ、しつこく追い掛けてくる最後の一つを裏拳で弾く。


「ちょっと熱烈すぎるかな」


 着地を決めて顔を上げる。

 星が降って来たのは空ではなく、一人の男から。

 星の仮面を被り、側に撮影ドローンを浮かべた賞金稼ぎ。


「お前がVTウルフって奴か。なるほど、格好いい鎧じゃねーの」

「ありがとう。握手しようか?」

「結構だ」

「あ、そう」


 あの撮影ドローン、絶対に配信してるよね。


「紫狼。気付いてると思うが配信されてるぞ。あいつの名前はスターライト。ふざけたタイトルしてる。今話題のVTウルフをぶっ飛ばす! だってよ」

「へぇ。お友達になりに来たってわけじゃなさそうだね」


 最初から友好的じゃなかったけど。


「知ってるよ。他人の数字に便乗して配信する炎上狙いの賞金稼ぎ」

「その通り。話題になりゃなんでもいい。炎上しようが構うもんかよ。今絶賛バズり中のお前はいいカモだ。ボコボコすればさぞいい数字になるだろうな」


 随分とあけすけに話してる。

 リスナーも承知の上で楽しんでるってことか。


「なるほど、いい作戦だね。じゃあ、頑張って。健闘を祈ってるよ」


 紫電を纏い、斥力跳躍で高く跳び、そのまま引力飛行で逃走。


「おい! 逃げんのかよ!」

「キミと戦うメリットが俺にあるなら教えてくれる?」

「逃がすかよ!」


 適当な建物に紫電の弾丸を撃ち込み、時折パルクールを交えながら街を駆ける。

 流石に振り切れたかと思ったけれど、スターライトは流れ星に乗って追い掛けてきた。


「なにそれ! 絵本じゃん!」

「はっはー! 俺を振り切ろうなんざ百年早いんだよ!」


 やってることは褒められることじゃないのに異能がメルヘンすぎる。

 まるで童話の登場人物だ。それにしては悪辣な性格してるけど。


「おらおら! 撃ち落としちまうぞ!」

「ちょっと! ここ街中なんだけど!」


 そんなことはお構いなしに流星は放たれる。

 星の輝きが尾を引いて爆ぜ、建物のガラスが音を立てて割れる。

 それだけじゃない。真下にいつ通行人のこともお構いなし。

 着弾した流星が露店の商品を吹き飛ばし、更には人そのものにまで向かう。


「きゃああああ!」

「あぁ、もう!」


 悲鳴を上げた女性と流星の間に割り込み、自ら被弾することで被害を食い止める。

 代わりに地面を何度か跳ねることになったけど、このくらいなら大丈夫。

 問題なのは見境のないスターライトだ。


「あ、ありがとうございます」

「無事でよかった。さぁ、行って!」


 最後に礼をしてくれて、女性は駆け足に逃げて行く。


「逃げるわけには行かなくなったな、紫狼。あいつ本当に見境無しだ。下手したらアカウントが消えるってのに」

「流石の俺も堪忍袋の緒が切れそう。もう半分賞金首でしょ、あの人」


 立ち上がるとスターライトも道路に下りてくる。

 ここで事を構えるしかなさそうだ。

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