第6話 百万人を目指して


「ねぇ、見た? VTウルフの配信! あたし速攻でファンになっちゃった」

「私は元からファンだったけどね」

「あ、古参アピールだ!」

「事実だもーん」


 そんな会話が見慣れた教室から聞こえて来てぎょっとする。

 教室に入って自分の席に着くまでの間に、同じ類いの話が飛び交っていた。

 バウンティハンターの配信は流行だし、話題に上がること自体は珍しくない。

 ただそれが自分のこととなると状況は一変する。

 まさか自分が話題の中心に来るなんて思いもしなかった。


「気分はどうだ? 紫狼」

「颯太。正直……なんだか、妙な気分だ。不思議かな。みんなが俺のことを話してる。性格には俺じゃない俺だけど」

「気分いいだろ。サポートしてる俺も鼻が高いよ」

「あぁ二人の功績だよ」


 実際、颯太にはかなり助けてもらってる。

 俺一人の力じゃ配信なんて続かなかったと思う。

 感謝の心を忘れずに持っておかないと。


「うわ、もう七万人だ。チャンネルを開くたびに数字が増えてる。通帳もこうだったらいいのに」

「勢い止まらないな。十万人も視野に入ってるぞ。昨日まで一万未満だったのに」

「一年くらい活動して積み重ねた登録者数よりこの数時間で増えた登録者数のほうが多いって……なんか、凄いね」

「これがバズりの力か」


 あまりにも非日常的な出来事に夢を見ているんじゃないかとすら思う。

 胡蝶の夢じゃないけど、いま目が覚めても可笑しくないくらいだ。


「SNSのほうでもかなり話題になってて――」

神月こうづきくん。ちょっといい?」


 俺の苗字を呼んだのはクラスメイトの女子だった。

 名前は乙ノおとのき、下は鈴音すずねだったと思う。

 ポニーテールがトレードマーク。


「授業で使う資料を運ぶように頼まれてるの。手伝ってくれる?」

「いいよ、わかった。あ、いけない。俺今日、日直か」


 だから普段しゃべらない俺に声を。


「じゃ、話はまた今度」

「おう、行ってら」


 乙ノ木さんについて教室を出る。

 職員室まではそう遠くない。

 チャイムが鳴る前には戻って来られる。


「先生も日直の俺に言ってくれればいいのに」

「忘れてる? 私もそうよ」

「おっと、ごめん。自分のことで頭がいっぱいになってた」


 そうだよね、日直って基本二人だし。


「なぁ、見た? VTウルフの配信。あんなスーツどうやって作ったんだろうな」

「相当金かかってるよな。やっぱ賞金とかで賄ってんのかな」

「メンテナンスとかも大変そうだよな。動力源……は本人の異能だとして、どういう構造してんだろ」

「俺もああいう格好いいスーツ着てみたいな。んで、賞金首を捕まえて大儲け!」

「結局それかよ」


 メタモルスーツってやっぱりそう言う風に見られてるんだ。

 まぁ制作過程というか、メタモルの発見経緯を想像しろというほうが無茶な話か。

 実際には一円も口座には入ってないんだけどね。


「VTウルフはお金儲けなんて考えてない」


 ぽつりと乙ノ木さんが不可解なことを言う。

 言っていることは正しいけど、なんでそれを?


「へぇ、乙ノ木さんがVTウルフの知り合いだとは知らなかったな」

「いえ、別に知り合いってわけじゃ……ただそんな感じがするだけ」

「ふーん」


 乙ノ木さんが抱くVTウルフというバウンティハンターに対するイメージ。

 そうであって欲しいっていう願望かな。

 言うまでもなく、本当のVTウルフがどんな人物かなんて知りようがないんだし。


「というか、乙ノ木さんも見るんだね。VTウルフの配信」

「いけない?」

「ぜんぜん」

「一年くらい前から見てるの。出来るだけ欠かさず」


 一年前って活動を始めたばかりの頃からか。

 なら、かなりの古参ってことになる。

 乙ノ木さんの人柄からいって、嘘を吐いてまでマウントを取ろうとすることはないだろうし、たぶん本当のことなんだろう。

 なんだか嬉しいな。こんな近くに応援してくれてた人がいたなんて。


「それ、本人が聞いたら喜ぶと思うよ」

「そう? だと良いけど」

「絶対そうだよ」


 なんて話をしている間に職員室に到着。

 渡されたのは授業で使う辞典が詰め込まれたダンボール箱が二つ。

 それほど重くも大きくもなかったか全部一人で運ぼうかと思ったけど、やんわりと断られた。任された仕事は自分の手で全うしたいらしい。

 格好付けるの失敗。

 でもありがとうって言ってもらえたから寧ろプラスかな。

 

§


「見ろよ、十万人突破して十五万人目前だ!」

「もうここまでくると笑うしかないね」


 チャンネル登録者数は留まることを知らず、衰えるどころか若干加速していた。

 人が人を呼んでいるような状況で生配信のアーカイブはすでに百万再生を突破している。

 正直、状況に置いてけぼりを喰らってまだ頭の中で整理しきれないくらいだ。


「この調子だと百万人も夢じゃない。目指そうぜ、百万人!」

「百万人か。目標は高いほどいいって言うけど」

「乗り気じゃない?」

「いや、いいと思う。ただ」

「ただ?」

「一番は人助けだ。チャンネルの登録数じゃなくてね。数字に目が眩んだら、それはヒーローじゃない」

「わかってるよ、紫狼。配信で賞金首を捕まえてすこしでも犯罪抑止に貢献する。それが配信業の目的だもんな」

「なら、問題なし。二人で目指そう、百万人」

「達成してみせるぞ、相棒」


 ハイタッチを交わして俺たちはそれぞれの役割につく。

 颯太は何台も並んだパソコンの前へ。

 俺は狼の仮面を付けながらメタモルを保管している部屋へ。

 台の上に置かれた鉄塊に触れて異能の雷を流した瞬間、腕から這い上がった液体金属が全身の包み込む。そして俺の意のままに成形されてスーツの造形が完成した。


「さぁ、今日も街の平和を守りに行こう」


 アジトのベランダから飛び出て斥力跳躍。引力飛行に移行して街へと繰り出した。


「颯太。ウォンテッドに情報は?」

「特になし。午前中に賞金首が現れたらしいけど、逃げられたってさ」

「了解。じゃ、いつも通り人助けしてるよ。賞金首が現れるまでね」


 通話を切って街中を探索開始。

 メタモルスーツのお陰で身体能力も上がったから、マイブームはパルクール。

 屋根から屋根へ。障害物や高低差を軽々と越えて気ままに駆け回っていれば助けが必要な人は自ずと見付かってくる。


「いやあぁああ! ひったくり!」

「おっと」


 アクロバティックに回転して着地。

 建物の上から見下ろすと、道路上を男が走ってる。

 それに合わせてこちらも駆けて、高低差はあれど彼に並ぶ。

 そこから勢いよくジャンプして、彼の前に降り立った。


「やあ、キミがひったくり犯?」

「俺!? 違う! ひったくり犯はあいつ!」

「へ?」


 指差されて振り返ると、彼よりも先を走ってる人がいた。


「これは失礼」


 斥力跳躍で建物の壁に張り付いて駆ける。

 窓を踏まないように避け、看板を跳び越え、ひったくり犯に追い付く。

 今度こそ、目の前に降り立った。


「はい、止まって。お兄さん身分証ある? バックの中身確認させてもらうね」

「職質か!? な、なんだよお前!」

「俺? バウンティハンター」

「バウン――俺に賞金なんて掛かってねぇぞ!」

「うん、そうだね。でも、ひったくり犯を捕まえちゃいけない理由はないでしょ?」

「くそっ」


 背を向けて逃げようとするひったくり犯に紫電弾を撃ち込んで引き寄せる。


「なっ、なんだよ!? なんだこれ!?」

「ダメじゃない。職務質問されたらちゃんと応じなきゃ。ま、俺は警察じゃないけど」


 強制的に引き戻されたひったくり犯の両腕と両足を磁力でひっつけて拘束。

 必死に抵抗しようとしてるけど、それが剥がれるのは異能の効力が切れてから。

 大体二三時間くらいかな。それまでは不便してもらおう。


「それでなにをひったくったの? 女性もののバックと買い物袋みたいだけど」

「おーい、捕まえてくれたのか。ありがとう、助かった」

「どう致しまして。えっと、買い物袋のほうかな」

「あぁ、そうだ。よかった、これでうちのチビたちが飢えずに済む」

「夕飯の材料だったの?」

「まぁ、夕飯と言えば夕飯だな。ほら」


 買い物袋から出てきたのは大量のドッグフードだった。


「ねぇ、ドッグフードのために犯罪者になるのってどんな気分?」

「最っ悪だ!」


 この後、バックのほうも持ち主に返し、きちんと警察に引き渡して次の困っている人たちの元へ。


「駅? 駅ならここを真っ直ぐ行って突き当たりを右に曲がってすぐのとこだよ」

「あら、そうなの。ありがとうねぇ」

「どう致しまして」


 お婆さんの道案内。


「コラ。空き缶をポイ捨てしない」

「あぁ? うるせーんだよ、コスプレ野郎!」

「あっそ。じゃあキミの背中に貼り付けとくね」

「はぁ!? と、取れねぇ! ふざけんな! おい、どこ行く気だ! 戻って来い! こいつを取ってくれ!」

「反省しなー」


 ポイ捨て注意。


「おー、よしよし。いい子だね。キミはどこから来たのかな? えーっと、名前はゆきちゃんか。このリードを持ってたのは誰?」

「ワン!」

「そっか。わかんないかー」

「すみません! その子、うちの子です!」


 迷子犬の保護。

 街を飛び回っていれば暇な時間は一瞬もない。

 いつもど何処かでなにかが起こってる。

 そのすべてを解決することは出来ないけど、それが手が届く範囲なら掴みに行かなくちゃ。

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