第5話 お披露目配信


「わお、まさにコングって感じ」


 見上げるほどの巨躯、丸太みたいに太い腕、ビリビリに破けた服。

 筋骨隆々な半裸の巨人だ。


「ねぇ、キミ。どこの動物園から逃げ出して来たの? ダメじゃない。飼育員さんが心配してるよ」

「……ロボットか?」

「残念、バウンティハンター」

「そうか。じゃあ死ね」


 振り下ろされる大きな拳。

 それを真正面から受け止めると、物凄い衝撃が体を突き抜けていく。

 踏ん張った地面は砕けちゃったけど、今の俺に受け止められないほどじゃない。

 このスーツがなかったらぺしゃんこだったかも。

 まぁその場合は受け止めたりしなかったけど。


「こんなもの? デカい図体してる割りには非力じゃない? プロテインが足りてないんじゃないの!」


 斥力で拳を弾き飛ばし、割れた地面を蹴って加速。

 一気に懐に潜り込んで鋭い蹴りを腹部に見舞う。

 俺のイメージではこのまま吹き飛んでしまうんだけど、現実はすこし違った。

 流石の巨体だけあって怯みはさせたものの、すこし後退る程度で終わってしまう。

 それにまだまだ戦えるって感じだ。


「前言撤回、いい腹筋してるね」

「そいつはどうも」


 横転した自動車のバックバンパーが掴まれる。


「やば」


 次の動作は火を見るよりも明らかで、そのまま振り回すように投げつけられた。


「その車、中に人とか乗ってないよね!?」


 乗っていようが居まいが、確かめざるを得ない。

 真正面から迫る自動車を受け止め、即座に斥力を発生させてで勢いを殺す。

 そうして引きずられるように何メートルか後退して、ようやく止まった。


「中に人は――よかった、いない」


 ほっとしたのも束の間。

 周囲が影で覆われ、見上げた空にはビッグコングの巨体があった。


「うわっ」


 急いで後退すると受け止めた車が踏み潰されて廃車になる。


「運転手が保険に入ってますように」


 修理は不可能だ。


「ねぇ、もしかしてオモチャか何かだと思ってる? そりゃキミからすれば――」


 振るわれる拳を回避、続けざまの連打もよく見て躱す。

 体が大きい分、リーチも長いけど、動きは単調で読みやすい。

 回避に専念してから攻撃の隙を見付けて斥力跳躍、アッパーカットが顎に入ってビッグコングは大きく仰け反った挙げ句に仰向けに倒れ込んだ。


「――軽自動車くらいラジコンと同じだろうけどさ」

「ちょこまかと……それにうるさい奴だ」

「キミは寡黙な人みたいだね。気が合わなくて残念」


 しかし、タフだ。

 普通の賞金首ならとっくにダウンしているはずなのに。

 HPゲージが二重になってそう。


「ねぇ、お金が欲しいなら真面目に働いたらどう? 引く手数多でしょ、それだけ大きくなれるんなら」

「働いてた。だが機材を壊した、荷物を潰した、人を踏んだ」

「あ、そう。それは……あー、気の毒に。被害者の人も」

「壊すのは爽快、潰すのは快感、殺すのは楽しい」

「あれ、可笑しいな。悪党にも悲しき過去がって展開じゃないの? これ」

「絶頂のために、お前も殺す!」

「根っからの悪党じゃん!」


 斥力跳躍を持ってビッグコングのタックルを躱す。

 大砲のように駆けた巨体はそのまま民家の壁をぶち破り、そのまま二三軒突き抜けてから道路にまた現れる。


「なんて迷惑な奴!」


 雄叫びを上げ、乗り捨てられた自動車を発泡スチロールみたいに軽く弾き飛ばしながら再びこちらに迫ってくる。


「怪獣映画を見てる気分」


 気は引けるけど突っ込んでくるビッグコングに向かって駆けた。

 一瞬にして距離は詰まり、壁が迫ってきているような圧迫感を覚えながら繰り出された拳を滑り込んで躱し、股下を抜けて背後へと位置取る。


「臨場感たっぷり。4DXも目じゃないね」


 右腕に紫電を迸らせ、雷鳴と共に強烈な一撃を叩き込む。

 巨体が吹き飛んで地面を転がったけれど、ビッグコングはすぐに体勢を立て直す。

 呆れるほどのタフさだけど、殴りつけた箇所には紫電が走っている。


「電気が溜まってきたんじゃない?」

「ビリビリする、なにをした!」


 投げつけられる軽自動車二台。中に人がいないのは確認済み。

 身に迫るそれに対して、今度は受け止めなくて済む。

 こちらから踏み込んで斥力跳躍。

 軽自動車の間をすり抜けてビッグコングの顔面に蹴りを見舞う。

 同時に宙返りして俺たちの間に引力で線を引き、それを手繰り寄せて追撃を喰らわせた。


「この……くらいで……」


 当然のように立ち上がってくるけど、それもこれで最後。

 ビッグコングの体は度重なる攻撃によって紫色に帯電している。

 蓄積した電気が今にも弾け飛びそうだ。


「キミにはちょっと、ほんのちょっとだけ殴り合いじゃ分が悪いから」


 全身に紫電を迸らせる。


「とっておきを見せてあげる!」


 全身に紫電を纏い、斥力を駆使して加速。

 ビッグコングの大回りな振りかぶりに怯むことなく真正面から間合いに踏み込む。

 振り抜かれる拳と拳。

 巨拳と鉄拳。

 双方がぶつかり合った刹那、周囲に雷鳴が轟いた。

 その巨体に蓄積された電気はすでに臨海寸前、そこへ許容値を越える紫電を流し込めば、限界を超えて弾け散る。

 それは天に遡る落雷のように、ビッグコングは雷光に包まれた。


「流石にもう立ち上がれないみたいだね」


 気を失い倒れ伏すビッグコング。

 すぐにその巨体が縮小して人間のサイズへと戻った。


「どうして腰回りの布だけ都合良く伸縮自在なんだろうね。まぁ、深くは聞かないでおくよ。キングになって出直してきな」


 なんてことを良いながら、改めて周囲を見渡してみる。

 酷い有様だ。アスファルトは引っぺがされて、建物はよくて半壊。

 戦車の行進があったとしてもこうはならない。

 復旧が大変そう。


「さて、ビッグコングは無事に捕まえられたことだし、今回の配信はここまで。今後もこのスーツで活動するつもりだから期待しててよね。それじゃ高評価とチャンネル登録をよろしく! じゃあね」


 配信の修了を確認してから格納していた携帯端末を取り出して写真撮影。

 捕まえた賞金首とのツーショット。

 それを取り終えたくらいのタイミングでサイレンが響き渡った。


「出遅れたか。キミがビッグコングを? 凄い格好してるな」

「格好良いでしょ? その制服には負けるけど」

「はは-、まぁな。じゃあ、これが賞金を受け取るのに必要な――」

「おっと、前にも言ったけど受け取りませんよ、賞金」

「前?」


 ヘルメットの部分だけを解除して狼の仮面を警察官に見せる。

 彼はハリネズミを捕まえた時にあった人だった。


「そうか、キミだったか。イメチェンか?」

「そんなところです。それじゃ、信用してますよ」


 斥力跳躍で高く跳躍し、引力飛行に移行。

 犯罪者が一人減って少しだけ綺麗になった街を飛ぶのは気分がいい。

 いつもより高く跳んだり跳ねたりしていると、颯太から着信がくる。


「やったぞ! 紫狼!」

「颯太? この前も言ったけど」

「あぁ、悪い。でも、大声もしようがないって。見て見ろよ、これ」


 視界に開いたのは配信サイト上にあるVTウルフのチャンネル。


「チャンネル登録数が滅茶苦茶な勢いで増えてるだろ!」

「うわ、ホントだ。こんな目に見える速度で増えるもんなの? というかなんで!?」

「そりゃあスーツが受けたんだろ。元々、賞金首を捕まえた回は再生数の回りも登録数の増えもよかったけど、今回は段違い。マジで凄いぞ、これ」

「おーおー、あっという間に一万人越えちゃった……ねぇ、これってもしかしてヤバい?」

「かーなーり、ヤバい。この増え方は滅茶苦茶ヤバい。見たことない、ヤバい」

「ヤバい。語彙力がなくなってきた」


 予想外のことに脳の処理能力が追い付いてない。

 とりあえず今状態で引力飛行の継続は危険なので適当なビルに張り付く。


「ははっ、そんなに良かったかな? きっと颯太のデザイン力のお陰だ」

「ま、それもあるだろうけど。一番はやっぱり紫狼の活躍だよ。格好だけよくしたって中身がダサけりゃ意味ないからな」

「嬉しいこと言ってくれるね。ヒーローはそうでなくっちゃ」


 舞い上がっていた感情もすこしは落ち着いて来たので緩んだ頬を引き締める。

 斥力跳躍で高く跳び、引力飛行で街を舞う。


「この勢いも明日になれば落ち着いてるだろうし、どこまで行くか楽しみ」

「二万は行くに二ペソ」

「それ日本円でいくらなの?」


 そんな馬鹿をやりながら帰路についた。

 その翌日の朝。


「うそ……」


 VTウルフのチャンネル登録者数は五万人にまで膨れ上がり、尚も増え続けていた。

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