第2話 棘
「あぁ、そうだ。街中が棘まみれ。高い所に刺さった奴は抜いておこうかな」
ハリネズミもとい根古崎との追いかけっこの軌跡を逆走するようにして棘を回収して回る。頑丈なコンクリートを貫いて刺さるなんてかなりの威力だ。刺さっていたらと思うとぞっとする。
「あそこの窓が割れてる……」
ビルの壁面に張りつきぶら下がるようにして窓の中を覗く。
「やあ、どうも」
「うわっ!? だ、誰だ?」
「驚かせてごめんなさい。さっきここを駆け抜けさせてもらったんだけど。もしかしてこの窓、流れ弾で?」
ガラス片はすでに片付いているようで、最後の一片がちりとりに収まった。
「あんたバウンティハンターか。あぁそうだ。幸いなことに怪我人はなかった」
「よかった。あぁ、いや、よかったって言うのは怪我がなかったことについてで」
「わかってるよ。で、捕まえたのか?」
「ばっちり」
「なら、よかった。この窓も割れた甲斐があるってもんだ」
「すみません、もっと速く捕まえられればよかったんですけど」
「なに、気にするな。あんたらは命懸けで賞金首と戦ってんだ、それも俺の息子と変わらない年齢でだ。責めやしないさ、保険も下りるしな」
「そう言って貰えると助かります。それじゃ」
「あぁ、これからも頑張れよ」
勢いを付けてビルから飛び降り、対面のビルに紫電の弾丸を打つ。
帯電して発生した磁力と自身を引き合わせて飛行し、これを何度も繰り返す。
斥力跳躍と引力飛行。
この二つを駆使すればこの街に俺の行けないところはない。
「ん、着信」
ビルの壁面を蹴って斥力跳躍、高く高く舞い上がって携帯端末を手に取った。
「もしもし」
「
「そりゃよかった。けど、声もうちょっと押さえてくれる?
「悪い悪い。テンション上がっちゃって。いまは何してんだ?」
「自由落下中」
向かいの建物に紫電の弾丸を撃ち込んで、引力飛行を続ける。
「あと、ハリネズミが飛ばした棘の回収」
「レコードの針に一生困らなそう」
「はは、でかい蓄音機を用意しなきゃ」
針の全長は長いもので一メートルに達するものもある。
これでレコードから音を鳴らすのはかなり大変そう。
「でも、集めた棘をどう処分するんだ? というかなにゴミになるんだ、棘」
「うーん、質感は金属っぽいんだけど、これが人由来なのかまったく別のなにかなのかはさっぱり。とりあえずアジトに持って帰って燃やせるなら燃やそう」
「不燃ゴミだったら?」
「それはその時になってから考える」
「インテリアになりそう」
通信が切れて携帯端末をポケットに押し込む。
残りの棘も紫電で触れて磁力で引き抜き、宙に浮かぶ束の一部になった。
「さて、こんなものかな。流石に全部は無理だけど、あとは業者に任せよう」
数十本の棘を抜いて周り、夕日も半分くらい顔を隠している。
気の早い夜がもう空を黒く染め出した。速くアジトに戻らないと。
「近くに人気なしっと」
アジトのベランダに下りたって周囲をもう一度確認してから中へ。
この何の変哲もない一軒家が、俺たちのアジト。
窓を閉めると狼の仮面を取って一息をつく。
「颯太」
「こっちだ、紫狼」
ぶつけたりしないように注意を払いつつ、回収した棘と一緒に一階へ。
リビングに入ると付けっぱなしのテレビからバラエティー番組が垂れ流しになっている。特等席のソファーに人影はなし、代わりにテレビとは対極の位置にあるパソコンの前に颯太はいた。
「ドローン、ちゃんと戻って来てる?」
「あぁ、いま充電中」
「よかった。あっと、そうだ。今月の電気代ここに置いとくから」
「おい、紫狼。いいって言ってるのに」
「別荘を借りてるんだ、これくらい払わせてよ」
「別荘って言っても親のだけどな。なんというか律儀だよな、ホント」
「こうしないと……なんというか」
「ヒーローっぽくない?」
「そう、そんな感じ」
「投げ銭も広告もオフ」
「ヒーローは非営利の慈善事業じゃなきゃ」
すくなくとも俺の辞書にはそう書いてある。
バイト、頑張らなきゃ。
「この棘、端のほうに置いてもいい? ちゃんと一纏めにしとくから」
「あぁ、もう夜になったしまた明日考えようぜ」
「ありがと……いま何時?」
「七時ちょい過ぎ」
「うわ、やば! 直ぐに帰らないと!」
「おう、お疲れ」
「お疲れ! それじゃ!」
リビングを出て階段を駆け上がり、ベランダに向かう前に部屋の一室へ。
ここには俺の私服を置かせてもらっている。
戦闘でほずれたり破れたりした服を着替えて学生服に。
忘れ物がないことをきちんと確かめてから窓から出てベランダへ。
靴を履き、磁力で窓の鍵を閉め、手摺りを掴み、二階から飛び降りる。
これくらいの高さなら受け身を取れば異能を使わなくても無傷でいられる。
「やばい、母さんから電話だ」
足を止めてはいられないから走りながら電話を取る。
「もしもし、母さん。いま帰ってるとこ!」
「あらそう、じゃあ晩ご飯食べるのね?」
「食べる食べる! あと、えーっと、十五分くらいで帰るから」
「わかった。でも、遅くなるなら」
「事前に連絡します」
「よろしい」
通話が切れて、再び携帯端末をポケットに押し込む。
「十五分か、急げ俺!」
自分で決めたリミットに首を絞められながら夜道を行く。
なんとか間に合い、事なきを得て、無事に晩ご飯にありつけた。
母さんには、というか颯太以外にバウンティハンターをしているとは言ってない。
異能を持っていることも隠してる。
光の雨に打たれて異能を授かったからバウンティハンターをしてます、なんて言えるわけない。
「ふぅー……疲れた」
自室の愛しいベッドにダイブして大きく息を吐く。
この疲労感も今となっては慣れっこだけど、始めた当初は本当にキツかった。
筋肉痛とはもはや仲良しだ、親友の域にいる。
「でも、力をもらったんだ。正しいことに使わないと」
どれだけ疲れても、辛くても、痛くても。
「ふぁあ」
大きな欠伸を一つして瞼を閉じる。
次に目を覚ましたのは、聞き慣れた着信音が耳に届いた時だった。
「あれ、寝てた……夜中の二時って」
なんか損した気分。
「颯太からか。もしもし」
「紫狼! すぐにアジトに来てくれ」
「アジトに? 今からって」
「夜中なのはわかってる! とにかく頼む! 棘が、棘が!」
「棘? と、とりあえずわかった。すぐに行く」
要領を得ない通話だったけど、とにかく棘に異変があったらしい。
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