第54話 兄弟
バドリックは、慌ててセロの話を遮った。
「ちょ、ちょっと待て!ジアンを連れ戻すったって……居場所すらわからないあいつを、どうやって探すんだ?それに、もし見つけられたとしても、ジアンは今まで学舎に帰って来なかったんだぞ?俺たちの望まない結果になっている可能性だってあるんだ。……それでもおまえは、ジアンを探すって言うのか?」
セロは黙って頷いた。一度こうだと決めた彼は、兄に負けないくらい頑固だ。
「噂を信じるのか……?」
「違う」
セロは学舎から出て来る学生たちに視線を向けた。昼食を取り終えて戻って来たのだ。
「兄さんが僕たちを裏切る訳ないって、わかっているから。だから、探し出してあげたいんだ」
「おまえがジアンを信じる気持ちは、よくわかる。だが……もし、あいつが学舎を捨てて隠れるようにして生きていたら?俺たちを裏切っていたとしたら、おまえはどうするつもりだ?堕ちた兄の姿を目の当たりにしても、ここに連れ戻すことができると思うのか?」
バドリックはセロを引き止める気でいるようだ。彼の反応は当然だろう。いきなりこんな話をされて、誰が相手にしてくれると言うのか。話し相手がバドリックでなければ、セロは笑い者にされているはずだ。
「……わからない」
セロは訓練場へ戻ってきた学生から目を外らした。
「多分、僕はそんな兄さんを見たら戸惑うと思う。でも……」
「でも?」
バドリックが、口をつぐむセロに続きを促す。本当に言いたいことを見失わないように、セロは焦る心を落ち着かせた。
「兄さんやホートモンドさんを、悪者だって決めつけるのは簡単だ。でも、それなら、二人に希望を抱くこともできるはずだよね。帰って来ないのには、何か理由があるのかも知れないけれど……本人に聞いていない以上、学舎を裏切ったという噂は、誰かの妄想でしかないんだ。このまま何も知らずに過去を片付けるくらいなら、僕は兄さんを探し出して、真実を聞きたい。僕はもう、兄さんとディノに起きたことを無かったことにしたくないんだ」
バドリックは難しい顔で考え込んでいたが、しばらくすると一つひとつ確認するように訊ねた。
「……おまえの考えはよくわかった。だから、最後にもう一度だけ聞かせてくれ。おまえはこの先、何があっても、現実を受け入れる覚悟があるんだな?」
バドリックの鋭い眼差しに、セロは思わず怯みそうになる。今まで感じたことがないような威圧感と、心の底まで見透かされるような瞳。
この目をしたバドリックの前で、嘘をつける者はいないだろう。
「はい」
セロは短く、しかし自身の心に宿る強い決意を返事に詰め込んだ。永遠に続くのではないかと思われた長い沈黙の間、セロは一瞬たりとも目を外らさなかった。
「おまえは……いつから、そんなジアンそっくりになっちまったんだ?本当に、兄弟そろって頑固なやつらだなあ!」
バドリックは表情をふっと緩めて、肩をすくめた。
「だがな、セロ。申し訳ないが、俺の権限ではおまえを学舎の外に出してやることはできない。これから先の話は、学長と会って話すんだ。……いいな?」
セロがしっかり頷くと、バドリックは満足そうに笑った。彼の顔はさっきよりもずっと穏やかで、瞳には希望に満ちた輝きが宿っている。
「よし、わかった。学長には俺から話を通しておく。言っておくが……今度は俺ほど甘くないぞ?」
「ありがとう、バド」
照れくさそうに笑いながら、バドリックはセロの両肩に手を置いた。
「俺はこんな人間だが……セロがここにいてくれることを、本当に嬉しく思っているんだ。おまえは俺の誇りだよ」
何の前触れもなく褒められたセロは、恥ずかしそうにそっぽを向く。そんなセロを見て、バドリックは心の中でほっと安堵のため息を漏らした。
大丈夫だ。
セロはまだ、俺の知っている『セロ』を失っちゃいない。
心の声は少しも表に出さず、バドリックはずっと気になっていたことを訊ねた。
「そんで?おまえはどうして、ディノの矛盾に気づいたんだ?」
セロは昨夜のことを思い返した。
頭上に広がる空には、真っ白に輝く巨大な雲がそびえ立っている。
「後輩がドラゴンの継承の話をしていたときに、疑問に思ったんだ。どうして、ディノは兄さんを亡くしたのに生還できたんだろうって」
「そうだったのか。……なあ、セロ」
名を呼ばれてふり返るセロに、バドリックはにっこりと笑った。
「おまえ、いい後輩を持ったな」
「うん。自慢の後輩なんだ」
そのとき、セロは複数の視線を感じてはっとした。
二人の周りでは、ドラゴン乗りたちが待機している。バドリックの指導を受けるためにやって来たのだ。
しまった……バドリックの休憩時間を奪ってしまった!
焦りを顕にしたセロを見て、バドリックは大げさに笑った。
「ハッハッハッ!まったく、話し込んでいたら昼飯を食いそびれちまった!今夜の夕飯は、いつもの二倍食うことになりそうだ!」
ドラゴン乗りたちは、クスクスと笑っている。
「そんじゃあ、セロ。また今度な」
「貴重なお時間をいただき、ありがとうございました」
セロは深々と頭を下げると、急いで竜舎へ向かった。
自慢の後輩を待たせる訳にはいかない。セロはタークが来る前に集合場所に着くよう、訓練場を駆け抜けた。
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