第11話 排水路

 松明の灯りに照らされて、竜舎の壁が赤く染まっている。


 中庭を出たタークと二人の少年は、竜舎の裏に辿り着いていた。


 途中、壁に沿って走りながら見た訓練場では、たくさんの人影が走り回っていた。耳をすませば、竜舎の向こうから剣を振り下ろす風切り音が聞えてくる。


 獣の唸り声と人の叫び声が入り混じり、頭の中でこだまする。


 異様な雰囲気に怯えたタークは、すぐ後ろまでブラッドウルフが迫っているような気がして、何度も背後をふり返った。


 「一体、どこから入って来てるんだ!どこを探しても、何の痕跡も見つかりやしないっ!あいつら、壁を乗りこえて来てるのか?」


 いらつき始めた少年を、松明を持った少年がなだめる。


 「まさか、ブラッドウルフにそんな力はないよ。多分、どこかの隙間から入って来てるんだよ。この辺りをよく探してみよう」


 彼らが壁に沿って来たのには理由があった。


 訓練場に溜まった雨水を外に出すため、壁と地面の境目には鉄格子が等間隔に設けられている。そこからブラッドウルフが侵入したのではないかと予想したのだ。


 しかし、鉄格子はどれも問題なくはめ込まれ、錆びて脆くなっている様子もなかった。


 「門には、ちゃんと見張りがいたんだろうな?扉を開けたまま居眠りしてたとか、交代のときに誰もいなかったとか」


 「それはないと思うよ。今夜は三年生のルディアさんが見張りに入っていたんだ。あの人は絶対にさぼったりなんかしないし、警備体制はしっかりしていたはずさ」


 話し合う二人から離れた場所で、タークは竜舎裏に掘られた排水路をのぞき込んでいた。


 濁った水面は不気味にうねり、松明の炎に照らされて鈍く輝いている。汚い水が放つ酷い臭いに、タークは思わず顔をしかめた。


 この排水路は、外の繋ぎ場でドラゴンが排泄したものを流すために造られたのだが、柵もロープもないせいで、たまに落ちる人がいる……という噂を聞いたことがある。


 実際に落ちた者は、凄まじい臭いが体に染み付いて、しばらく人が寄りつかなくなるとか。


 排水路をじっと眺めているタークに、少年が声を掛けた。


 「おい!そんなもの見てたって、気分が悪くなるだけだぞ。ここを見終わったら、今度は門の方に行ってみようぜ?」


 先を急ごうとする少年を目で制して、もう一人がタークに歩み寄った。


 「君は、おもしろいね。何をそんなに見つめているんだい?」


 タークはしゃがんだまま、小さく首を傾げて、下流の水面を指さした。


 「あの辺り、水の中から泡が出てるんです。何かいるのかなって、思ったんですけど……」


 「どれどれ?」


 少年がタークの肩越しに排水路を覗くと、下流から泡がポコポコと音をたてて流れて来るのが見えた。


 「おいおい!何だよ、おまえまで。水の中でドラゴンのブツが発酵してるだけだろ?ろくに掃除もされてないんだからさ。……なあ、今はこんなことしてる場合じゃないだろ?さっさと行こうぜ!」


 うんざりした様子の少年に、彼は優しく笑いかけた。


 「ごめん、そうだね。そろそろ行こうか」


 タークも立ち上がって、不思議な泡から目を離す。


 しかし、背を向けた瞬間、タークはおかしなことに気がついた。


 あの泡はどうして、水の流れを遡って来たのだろう?普通なら、泡は下流へ流れていくはずだ。


 下流から上流へ向かって、物が流れることはない!


 はっと弾かれたようにふり返り、タークは水路に身を乗り出した。水面に映る彼の影に、泡が近づいてくる。


 「置いてくぞーっ!」


 少年二人が呆気に取られたそのときだ。


 突然、くすんだ水面が激しく波打つと、一頭のブラッドウルフが勢いよく飛び出した。


 ブラッドウルフは無防備なタークの右肩に食らいつき、そのまま排水路へ引きずり込む。


 一瞬にして、タークの姿が消えてしまった。


 「うわっ、大丈夫か!」


 「は、早く助けないと!バドリックさんを呼んで来る!」


 少年は松明を託すと、大急ぎで助けを呼びに行く。


 残された一人は、転がっていた木の棒を水路に突っ込み、力いっぱいかき混ぜた。だが、水路は思っていたよりも深く、底まで探ることができない。


 「くそっ、どこ行きやがった!」


 もう、手遅れか……。


 いや、まだ、近くにいるはずだ!


 早く出て来い!

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