第6話 友達
宿舎前の並木通り。
木々が立ちならぶレンガの花壇にもたれて、セロは息をついた。
膝を立てて座り、腕をおく。
最近は『ドラゴンに上手に乗れない。』と悩むタークのために、休憩時間を返上して練習に付き合っている。
こうして座って休んだのは、いつぶりだろう。タークがドラゴンを竜舎に戻す数分だけでも、一息つきたい。
長くは休息できないが、疲労で強張る体から力が抜けていくのは、気持ちがよかった。
そよ風が、熱い体を冷やしていく。
セロは目を閉じて、深呼吸をした。
彼はどんなに暑くても上着を脱いだり、袖をまくったりしない。それは、できる限り目立たないように生きてきた彼の癖だった。
三年前の、ある夏の日。
突然、この学舎へ連れて来られたときから、セロは周囲の目にただならぬ恐怖を感じていた。
無力な自分を見下す、学生たちの好奇の目。
今ではその理由を知っているが、十四歳のセロが理解するには、あまりにも複雑な話だった。
ここでの生活に慣れる頃には、自分が招かれざる客であることを察していた。
いつからか、セロは人前に出なくなり、食堂や大浴場へ行くときも人目を避けるようになっていた。
それでも、当時、孤立していたセロに手を差し伸べてくれた人がいたのも事実だ。
彼がこうしてドラゴン乗りになれたのは、とある騎士のおかげだ。しかし、セロに向けられる周囲の敵意が薄れるとともに、その騎士との関わりも消えていった。
ドラゴン乗りとしての才能が認められてからは、セロにも同属の理解者が増え、お互いに所属の壁を越えて付き合う必要がなくなったからかも知れない。
過去にふけるセロから離れた場所で、何者かが足音を潜めてゆっくりと近づいていた。
広い訓練場をまっすぐに突っ切って、セロに気付かれないよう、慎重に距離を詰めている。
力強い四つの蹄で砂を踏みしめて歩き、突撃の合図を今か今かと待っている。
そして、そのときはやって来た。
穏やかに吹いていた風がぴたりと止み、気配を感じたセロがはっと目を開く。
時を同じくして、相手も勢いよく駆け出した。
「ハハハッ、突撃ーっ!」
ドドドッと地面を踏み鳴らし、灰色の馬が目を見張る速さで迫って来る。セロが立ち上がると、馬は前足を突っ張って急停止した。
衝撃で舞い上がった砂が、容赦なくセロへ降りかかる。
砂埃に巻かれたセロは咳き込み、視界が晴れるのを待った。砂を吸い込んでしまったのか、呼吸するたびに喉がチクチクと痛んだ。
しばらくすると、視界を塞いでいた砂埃がさあっと流れていった。
そこに現れたのは、灰色の馬に乗って爆笑している赤茶色の髪の青年だった。
「アハハハハッ!やっと上手く行ったぜっ!油断したな、セロ!」
制服についた砂を払い落としながら、セロは無関心を装った。青年のおふざけにはいつも、うんざりさせられている。
「いつも気付かれるから、ヒヒッ、今日はギリギリまでねばってみたぜ、ププッ。ああ……でも、あともう少し勢いがあればよかったかな」
青年は馬の首を優しく叩きながら、同意を求めた。
「なあ、グレイスター。おまえもそう思うだろ?」
名前を呼ばれた馬は、さも嬉しそうにいなないた。
……なんだか、誇らしげに見える。
「いい加減、まじめに訓練したらどうだ……ケリー?」
セロはぶっきらぼうに言い、砂でくすんだ制服をもう一度はたいた。細かい砂が舞い、空中できらきらと光る。
まったく……昨日、洗濯したばかりなのに。
ケリーと呼ばれた青年は、胸を張った。
「たった今、訓練から帰って来たのさ。いやあ、森を疾走するのは、やっぱり気持ちいいな!」
グレイスターが共感するように鼻を鳴らした。
「学舎のどんな馬だって、グレイスターには敵わないだろうな!」
また、始まった。
ケリーはグレイスターのことが大好きで、話し出すと長くなる。いや、グレイスターに限らず、馬が好きなのか。
どちらにしても、彼の話に付き合うのは嫌いじゃない。幼い子どものように目を輝かせて、馬の魅力を語るケリーを見るのは、セロの些細な楽しみだった。
「グレイはどんな大きな倒木だって、跳び越えられるんだぜ!なあ、馬が跳ぶところを見たことがあるか?ダイナミックというか、迫力満点というか……!とにかく、セロにも味わわせてやりたいよ、馬が跳ぶときの感動を!きっとおまえも驚くぜ!」
セロは小さく笑った。
「そんなに飛びたいなら、なぜドラゴン乗りにならなかったんだ?」
ドラゴンという言葉を聞いて、ケリーは苦笑した。
「ドラゴンだって?あんな人食いモンスターに乗っかるなんて、セロに頼まれても勘弁だぜ……」
「ふーん、そうか。」
セロが話の続きを促そうとしたときだ。
「ちょっとーっ、ケリー!」
訓練場に少女の大声が響き渡った。
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