第3話 飛べないドラゴン

 「怖がっていたら、いつまでたっても飛べないぞ。……さあ、もう一度」


 太陽が照りつける訓練場の片隅で、セロはタークを見上げていた。


 午前も終わりに近いこの時間帯は、訓練場のどこにも日陰はない。じりじりと体力を奪う暑い日差しに、セロはすっと目を細めた。


 茶色いドラゴンの背中で、タークは額に浮かんだ汗を手で拭う。鎧を着けた体は蒸れ、ヘルムの下では湿気た癖っ毛から汗が滴っている。


 タークは真剣な顔をしているが、なかなか動き出そうとしない。


 セロは仕方なく、次の行動を促した。


 「ほら、何してるんだ。合図の出し方はわかっているだろう?」


 タークは小さく頷くと、手綱を握りなおす。


 ドラゴンの首をまっすぐにして、足で肩を圧迫する……が、ドラゴンは身じろぎ一つしなかった。


 「やっぱり……できません」


 タークの弱音に返ってきたのは、厳しい答えだった。


 「できません、ではすまされない。ドラゴン乗りになる覚悟を決めたなら、最後まで貫かないと駄目だ」


 セロは腕を組んで、タークをじっと見つめた。


 不安そうな表情が、飛ぶことへの恐怖を切に物語っているが……なんだか、しょんぼりと落ち込んでいるようにも見える。


 セロは少し考えると、すっかり意気消沈したタークに言葉をかけた。


 「ドラゴンは、馬とは違う。上手く乗れないからといって、他のドラゴンに乗り代わることはできないんだ」


 タークは目を合わせずに、こくりと頷いた。


 「最初に血を与えた人間だけに、ドラゴンは命を捧げる。人間よりも長生きできるドラゴンが、乗り手と共に死んでしまう理由も、最初の座学で習ったはずだ」


 茶色いドラゴンは話を邪魔することなく、大人しくしている。この子も、タークがドラゴン乗りになると決意したから、生まれ持った自由を捨てて学舎へ来たのだ。


 「タークがここへ来たとき、ドラゴン乗りになるか、騎士になるか選んだはずだ。厄介事の多いドラゴン乗りではなく、比較的安牌な騎士になることもできたのに。どうして、君はドラゴン乗りになろうと思ったんだ?」


 タークは「うーん……」と首を傾げると、黙り込んでしまった。


 彼が考え事に夢中になっていても、ドラゴンは暴れたりしない。飛ぶのが嫌なら、乗り手が無防備なうちに振り落としてしまえばいいだけの話だ。


 だが、そうしない。


 なぜなら、タークを乗り手として認めているからだ。


 そうなると、ドラゴンが飛ばない理由は……タークの技術不足か?それとも、他に問題が?


 あれこれ考え込むセロの思考は、ある一言によって遮られた。


 「……かっこいいからです」


 はっとして向き直ると、暗く沈んだタークの目が、輝きを取り戻していた。鐙に掛けた足を揺らしながら、タークは懐かしそうに話す。


 「本当は、ドラゴンが怖かったんです。ここに来たときは、馬に乗っている方が、ずっと安全だって思ってました。でも……ドラゴンに乗っている人たちを、はじめて見たとき、ぼくもあんな風に空を飛びたいって思ったんです」


 タークが照れくさそうに笑った、そのとき。


 突然、ドラゴンが地面を蹴って、立ち上がった。


 固まるセロの前で、ドラゴンは砂埃を巻き上げながら、ゆっくりと羽ばたいている。


 タークはドラゴンの首にしがみつき、今にも泣き出しそうな顔をしていた。


 彼の悲鳴によって我に返ったセロは、チャンスを逃すまいと声を上げた。


 「いいぞ、ターク!そのまま飛べるか?」


 セロの声が届いたのか、タークは手綱をぎゅっと握りしめると、前屈みになった体を懸命に起こした。


 ドラゴンの羽ばたきが、速くなっていく。


 『頑張れ……!あと、もう少し!』


 セロは祈るような気持ちで見守った。


 だが、彼の期待とは裏腹に、ドラゴンの気勢はどんどん薄れていく。


 そして、ついに。


 ドラゴンは翼をたたむと、浮いた前足を地面へ降ろしてしまった。


 鋭い爪が砂に突きささり、土の欠片が辺りに飛び散る。着地の衝撃で落ちそうになったタークは、またドラゴンの首に抱きついた。


 一体、何が起こったんだ……?


 セロは、静かに佇むドラゴンを見つめた。

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