私の罪は、何ですか

青いひつじ

第1話


「あなたの罪は、なんですか」


私は今、取り調べを受けているような気分である。




私の住んでいる地域では、昨年より"人生見直し月間"というものが設けられるようになった。

定期的に役所の調査員が街を観察し、住民たちに点数をつけていく。



噂によれば、元罪人や不労者を管理することを目的とし始まった政策らしい。

点数が低かった人間には通達書が届き、取り調べを受け、更生が必要と判断された者には長い研修が待っているとか。




そして、なんと。

私にその通達書が届いたのだ。



1週間前の給料日、給与明細と通達書を会社から受け取った。

落ち込んだりしなかった。

正確には、あまりにも未知の出来事に何も感じなかった。

珍しかったので記念写真を撮った。



通達書を開くと、点数らしき数字、取り調べの日程、住所が表記されていた。

私は、いつもと変わらぬ足取りで指定の場所へと向かった。




到着して驚いた。

それは、大正時代の銀行を彷彿させる立派な建物だった。

厳格な雰囲気の石畳の階段を上がると、警備員が2人、扉の前で立っていた。



こんな建物があったなんて、30年近くここに住んでいて気が付かなかった。



受付に通達書を見せると、9と書かれたカードを渡された。



長く暗い廊下の先にその部屋はあった。

カードをかざし扉を開く。

中は、拘置所の面会室のようだった。透明の板を挟んだ向こう側には、ライトグレーのスーツを着た若い男が座っており、手元には黒いファイルがあった。



そういえば、私も働き始めた頃は毎日スーツを着て出社していた。

昼食をとる時間もなく、家に着けば日付は次の日になっていた。

文字通りの仕事に明け暮れる日々だったが、それでもワイシャツは毎晩丁寧にアイロンをした。

そのままウトウトしてしまいひどく焦がしてしまったこともあった。


そんな若かりし頃の思い出が、頭の中を駆け巡った。




「お座りください」




男の冷たい声が、私を現実へと連れ戻した。




「それでは、よろしくお願いします」




男は目を合わせず一礼し、話始めた。



 


「観察結果によりますと、あなたの点数は14点と著しく低いです。原因は何と考えますか」




何をそんなに真面目な顔をしているんだ。

どうせこの若造も、上からの指示でしょうがなく仕事をしているのだろう。

私は心の中の鼻で笑った。




「えー、こないだ信号を無視して、横断歩道を渡ったことでしょうか」




「いいえ、違います」




男は無表情のまま、先ほどと変わらぬ温度で答えた。




「自分より仕事ができない人間を見下したことですか」




「いいえ、違います。あなたの罪は、信号無視をしたことでも、他人を見下したことでもありません」




「では、私の罪は、何ですか」




「50年間もこのように生きてきて、そんなことも分からないのですか」




何だこの若造は。

私は昨年、勤めている会社で勤続30年目を迎えた。

地味な役割ではあるが、どんな時も自分の気持ちを押し殺し、会社を支えてきた。

その自信だけはあったので、少し観察した程度の奴に知ったように言われるのは腹が立った。




「君が私の何を知っている。

私が30年間してきた、血の滲むような努力を知った上でそんな口をきいているのかね」




男はため息をつき、手元にあったファイルを開いた。




「貴方は自分のことをどのような性格だと思いますか」



「私は、忍耐力なら誰にも負けない」




私の回答に男はまた、ため息をついた。




「それではお聞きします。

 153,568歩。これは何の数字だと思いますか」




「....歩きタバコをした歩数か」




「いいえ、違います。


 それでは、253回。これは何の数字だと思いますか」




「.........分かったぞ。ポイ捨てした回数だ」




「いいえ、違います。


 192,000文字。これが何の数字か分かりますか」




「.........」




「753ℓ。これが何の数字か分かりますか」





「最後に、1回。これが何の数字か分かりますか」





私は、これらが何を表しているのかさっぱり分からなかった。



男はファイルをそっと閉じ、顔を上げた。





「これらの数字は全て、

貴方が心の中で押し殺した悲しみを表しています」




これが、私の犯した罪だというのか。




「貴方が今までの人生の中で、俯きながら夜道を歩いた歩数。



 貴方が心を踏み躙られながら頭を下げた回数。



 貴方が奥へと飲み込んだ言葉の数」





「そして、貴方が流した心の涙の量」






「最後の数字は、もう言わなくても分かりますね」






最後の数字は、

きっと8年前のあの出来事を示しているのだろう。


何か特別なことがあったわけではなかった。

それは、プツンと張っていた糸が切れるような感覚だった。

いつものように、電車が来るのを待っていた私の耳元で、何者かが囁いた。

それが悪魔なのか、天使なのかは分からなかったが、導かれるように体は黄色い線の外側へと動いていった。

走馬灯の中の私は、どれも悲しい顔をしていた。


間一髪のところでサラリーマンに止められ、命は助かったのだった。





長い間ずっと蓋をしていた。


見ないようにしていた。


そうして私は、だんだんと自分のことが分からなくなっていったのだ。





視界がぼやけていくのが分かった。 


私は今、泣いている。






「もう一度問います。あなたの罪は、何ですか」






「私の罪は、、、、」






私が答えると、ガチャンと扉が解除された。 



出口へと続く廊下は、少しだけ明るく見えた。












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