第四回

カレンは小さく微笑んだ。笑うと小学生の面影がある。鼻筋が少し横に膨れてほうれい線が広がる。目を横にさせた瞼から長いまつ毛が飛び出ている。




「わたしね。イラストレーターになりたいの。ふつうだったら、卒業したらどこかに就職するでしょ?でもわたしそうしないで、フリーでやっていきたいの」




「個人事業主か?」




「そう!それ。よく知ってるね」




「俺も同じようなもんだからなぁ」




僕は小説家を目指してることをカレンに告げた。久々に会った異性にこんなことを伝えるのはおかしな話だが、なぜだか僕は目の前のカレンに見据えられると、どうしても身体中がむずがゆくなってしょうがなかった。カレンは驚いた表情で手で顔を覆っていた。




「それじゃあ、今は新人賞に応募するための小説を書いてるってこと?」




「そうだね。締め切りが来月だから時間はあるんだけど、今書いてるやつの結末が、ちょっと納得いってなくってね。書き直そうか悩んでる」




僕は空になったコップに口を付ける。自分について話すことがこんなにも恥ずかしいことだとは思わなかった。視線は相変わらずカレンの丸っこくて純朴そうな化粧の薄い顔と、白色のコットンの柔らかな膨らみとを行ったり来たりしているから、僕の目は照準不安定だ。







裏手から声がする。「おはようございます」と溌溂な声。僕は支柱に架かった時計を眺める。



四時五十分だ。



あの中年女店員が店に入ってきたのだ。



僕はどうしようかとソワソワする。あの社員と顔を合わせたくはないのだが、いま隣で会話を続けているカレンと別れるのはなんとなく惜しい気もする。




それより、カビゴンとスズキはいつまで眠っているのだろうか。さっきから死んだように机に突っ伏して身動き一つ取ろうとしない。入ってきた時、カレンも何も言わなかったから、もうこの光景は見慣れたものなのだろう。




「どうしたの?具合でも悪いの?」



僕の異変に気が付いたのか、カレンが心配そうに顔を近づける。



「いや、そういうわけじゃないんだけど」



僕は厨房の方へ顔を向ける。幸い、社員の女は控室にいるみたいで、カウンターの横で突っ立っているアルバイトは、腕時計をチラチラ眺めている。




「ちょっと用事ができたからさ。俺はもう帰るね」




千円札を二枚机に置いた僕は席から立つと、そのまま自動ドアを出る。この前の仕返しさ。入ってきた女店員はびっくりするだろう。何せ、積み重ねた雑誌を枕のようにして突っ伏している髭面のガリ男と、吸い殻に顔を埋めるようにしてイビキをかいている巨漢の男が佇んでいるのだから。




「ちょっと」




僕は後ろから腕を掴まれる。一階にすき家の店舗がある商業ビルの隣には、客の利用するトイレが併設されていて、男子トイレの中へ僕は連れていかれる。




カレンが怒ったような表情で僕を見つめている。洗面台の鏡に僕とカレンが映し出されている。水が管を通る轟轟とした音がトイレに響く。




「なんで帰るの?やっぱりわたしじゃダメ?」




カレンが僕を睨みつける。ブーティーを履いているから身長は鼻先くらいで、膨れた顔が僕に近づいていく。




「なんのことだよ」




「とぼけてるくせに」




カレンの口が僕を覆う。生温かく塩味のある舌を僕のコーヒーが被さる。口腔から溢れ出た唾液がせめぎ合って鼻腔をつつく。甘酸っぱい、どこか草原に生えていそうな桃色の密の香り。僕の脳内にはリップ音だけがこだまし続けている。







何分経ったのか自分でもわからない。僕たちはトイレの個室で抱き合いながら声を潜めている。




「初めてなんでしょ?」




「そうだよ。でもこんな場所で初めてを終えたくないなぁ」




僕は胸がドキドキしている。手は柔らかなカレンの腕に添えられている。そのまま見続けていると溶けてしまいそうなカレンの白く透明な乳房が目に入る。




僕はカレンの白い襟元に手を入れる。吸いつくような肌の先に豊満な乳房を見つけると、下着越しにそれを撫でる。カレンが微かに喘ぐと僕の耳元へすがりよる。




「おっぱいが好きなの?」




僕はゆっくりと服を脱がしていく。鼻には絶えず甘い匂いが充満している。




視線をカレンの瞳に注ぎながら「キレイだよ」とブツブツ唱え続ける。




「そんなに緊張しなくてもいいのに」




僕は両手で下着を包み込む。ホックなんて、どう外したらいいかわからなかったから、どりあえず上に引っ張ってみる。ぷるんと、おわん型のソレが露になる。




僕は乳首をしゃぶった。母親を求める未熟な子犬のように執拗に。


そしてカレンがまた、僕の愛撫で気持ちよくなっているのだろうかと思案しながら。


盛り上がった乳頭を舌で転がすと、ニスを塗ったように光っている肌理の上から、カレンの、異様に甘く感じられる汗がうまずたゆまず流れ込んでくる。




カレンは声を殺して息をしている。外から始発電車が高架橋を通り過ぎる音がする。



男たちが何かしゃべりながらすき家に入っていく。



僕は汗と唾液でぐちゃぐちゃになりながらカレンを頬張る。




股間は膨張して破裂しそうなのに、なぜだか頭の奥底に、ある女の横顔が浮かんできて仕方がなかった。




「見て、もうこんなになってる」




いつまでも飽きずにしゃぶり続けている僕を見かねたのか、カレンが自分の股に手を入れて、透明でねぱっこい液体をまとった指を僕に見せてくる。




「入れたい?」



艶美を漂わせた上目遣いで僕に顔を近づけると、カレンはもう一度キスをした。




キスの間に考えろと言うことなのか。僕は彼女の常套手段がなんとなくわかったような気がしてカレンから口を離す。




「やっぱりわたしじゃダメ?」




そう聞かれると、僕は無言になってしまう。口をつくんで、黒ずみのトイレ床を眺めることしかできない。




「お金がないんだ。さっき払ったのが最後」




「じゃあ後で払ってよ。家にお金持ってきて」



カレンは僕の腕を離さない。懐いた猫のように胸を寄せ付ける。




「家、どこにあるの?」




「清水ヶ丘公園の近く」




ここから歩いて十五分くらいの坂の上の公園だ。




「いや、やっぱりいいよ。なんとなく、気分じゃないんだ」




僕はカレンから手を離す。股間は相変わらず漲っているのに、ここまで来てお預けになるとは。




カレンは顔を曇らせて「そう」と言ったふうに不愛想な目をすると、ハンカチで胸を拭き始めた。

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