第二回

「ハタチって……そんなに特別なもんでもないだろ。ただその日が過ぎれば紙面上オトナになるってだけで、俺は二十歳になったってなにも変わらない。いつまでもお前らとこうしてるだけのぺーぺーさ」



「おい、あんまりそういうこというなよ。お前みたいなやつは自分を見失わないだけで充分なんだから」



「そうだぞぉ。なしごみたいに自分の夢を持ってるやつが世界に何人いるんだ。俺は死んでも自分のことについて本なんか書けないなぁ。もしそんなことがあった日にゃあ、顔が火ぃ付いたみたいに赤くなって、二度と外に出られなくなっちまうなぁ」



二人は煙を吐きながら笑った。なんて醜い顔なんだ。僕が屈強な警官だったらまっさきにカビゴンの鼻と、スズキの左瞼めがけて拳を放つだろう。



「俺は欲しいモノなんてないよ。だいたい、バイクが欲しいとか携帯が欲しいとか、お前らみたいな物欲が俺にはまるでないんだ」



「そんなこといったってなぁ……人間欲がなきゃ生きていけないもんだからなぁ。腹は減るし眠くもなる。ちんちんだって、まだ自然とたつだろぉ?」



「当り前だ」



「あ、ほら二年前にあげやつ。またあれでいいんじゃないか」



「手計堂のオナホール」



「俺が童貞だからってからかってるんだろ」



「ああそうさ。ヨコハマの童貞番長ことなしごれんって言えば、この辺じゃ知らないやつはいないからねぇ」



三本目になるタバコに火をつけたカビゴンは、両腕を後頭部の後ろで組んでいる。白いタンクトップを着ているから、腕を上げた際に現れる鬱蒼とした腋毛が僕の目に飛び込んでくる。



「このさい、捨ててみるってのはどうだ?」



「お。いいねそれ。なしごが捨てるって言うんなら俺も協力するぜ」



なぜか乗り気になって興奮しているスズキは、大学の同級生に二三人軽いのがいるから、その気になればいつでも呼ぶことはできると言って、写真を見せてきた。



「右の子が経済学部のイリネで、左が国際日本学部のキョーコ。どっちもサークルで出会ったんだ」



「どっちも遊んでるようには見えないなぁ。そんなにヤバいのか?」



「ああ、二人とももうスゴイよ。この間ハブバー行ったら開始五分でもうおっぱじめちゃって。キョーコなんて非常階段の横で外人二人相手してたからなぁ」



僕はスズキの携帯を食い入るように見つめた。学校の教室だろうか。白い机を境に二人の女がポーズを取っている。イリネと呼ばれる茶髪のほうは髪が長く、全体的に白っぽくておしとやかだ。きっと名門の女子高出身の箱入り娘なのであろう。



左のキョーコのほうはは肌が黒く、金髪でラフな格好の割に顔をはまだ幼い。地方から上京してきて、都会の闇に早々にもまれたのだろう。



僕は線の細い二人の少女の、あられもない姿で乱れている様を心に描いた。



「悪いけど、どっちもタイプじゃないね。右はやり手で凄そうだけど、いつでも親の名前だし脅してきそうだし、左は垢抜け切れていなくて、ヤッてる間に萎えるな」

「お前はほんとに理想だけは高いなぁ」



呆れ顔でそう言ったスズキの目は、一睡もしていないこともあって虚ろだった。柱に架けられた時計は四時三分を指していた。



「理想が高いんじゃない。お前らが低すぎるんだよ。バカみたいな女とヤリすぎて目が腐ってきてるんじゃないのかぁ?こんな奴らなんかなぁ、元町の方にいけば山ほど歩いてるぞ」



「夢追い人は理想を捨てない……だっけ?お前はいつまでも夢追い人でいてくれ」

そう言って机に突っ伏してしまったスズキは、隣で天井を見上げているカビゴンに手招きすると、耳元でひそひそと何かを呟いていた。



カビゴンは小賢しそうにニヤリと笑うと、携帯を取り出して画面を僕に突き付けた。



「これ、だれだかわかるか?」



赤いドレスを着た童顔の女が写っていた。タイトだから身体の線がはっきり見えて、腰から尻にかけての彎曲は美しく、はだけさせた鎖骨の下には豊かな膨らみがあった。



「だれだよ。堀之内のキャバ嬢か?」



僕がそう言うとカビゴンは、やっぱりわかってねえじゃんと言った小言をスズキに呟く。



「カレンだよ。早田加恋。小学校が一緒だった」



「早田なんてやつ、うちの学校にいたか?」



「あれだ、親が再婚して名字が変わったんだ。昔のは嶋田」



「あぁそうだったなぁ、嶋田加恋。こいつがいま金に困ってるみたいでさぁ。なんかあったら電話一本で来てくれるぜ」



「デリヘルか」



「いや、そういうわけじゃないみたいだけど、学費が払えないからって言ってたなぁ。親がその辺のことはテキトーだから。再婚相手もほとんど家にいないみたいだぜ」



カビゴンはソファから身体を離すと大きく伸びをした。



「二週間前に来日中のライラスが来るっていうクラブに行ったんだよ。スズキとな。俺はラッパー何てまるでわからないから、ステージから離れた席で飲んでたんだ。そしたら向かいの席でおっさんとベロチューしてるやつがいたから、相当なやり手だなぁと思ってしばらく眺めてたんだよ。そしたらマクアイの時にこっちに近づいてきて『ヒデオくんだよねぇ』って。『ああそうだけど』って言ったら、小学校が一緒だった嶋田加恋ですって言って。大分酔ってたみたいだけどいきなり腕つかんできて、裏口のトイレ付近でキスしてきたから、そのままヤッちまおうと思って手を入れたんだ。そしたら手のひらをパーにして『ご、ご』って」



「一発五千か。だいぶ良心的だなぁ」



「二回目からは一万だってさ。くれないんならケイサツに行くって脅してきたから、やれるもんならって無理やり倒したんだ。そしたら左の太ももの付け根を指さすんだ。アイツ肌が白いのに、そこだけ打撲したみたいに青くなってて、内出血跡みたいな紫色の痣が大きく残ってるんだ。『一万円くれないんならアンタがやったって訴えてやる』とても言いたげな表情で、そのまま何度も締め付けてくるから、終わった後は持ってた紙が一枚も残ってなかった」



「取られたのか?」



「いや俺が落とされたんだ。アイツにな」



カビゴンが豪快に笑っている。隣に目をやると、スズキも顔を赤くさせて笑っている。こいつもカレンとヤッたみたいだな。僕はコップの水を飲み干す。



「あれは最高だったなぁ。今までの女なんかアバズレに思えてくるよ」

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