第6話

「……ごめんなさい?」

「形あるものは、いつか壊れるよ」


 ただ、こんな事は初めてだから、とシヴァは付け足して言った。

 暴れられた事自体には怒ってないけれども、暴れられた事がないからこそ戸惑っている部分もあるのだろう。確かに身寄りがない娘ならば誰もこんな風に迎えには来なかっただろう事は理解できる。

 そして、私も戸惑っている。

 今まで放置していたのに、私の事に気がつきもしないのに。何をしているんだと、怒りの感情が湧き上がってきた。

 穏やかな日々で落ち着いていたと思っていたのだけれど、怒りの感情は燻ったまま心の奥底で眠っていたのだろう。両親の声を聞いた事により、燃え上がったこの気持ちを、私はぶつける事に決めた。

 ずっと……ずっと穏やかに、心乱される事なくシヴァと暮らす為に。






「静まりなさい!神の御前ですよ!!」

「マリア!!」

「マリア!?どこにいたの!?」


 祠の入口に立ち私はそう声を張り上げると、斜め後ろに居たシヴァから、えっと驚きの声が漏れたが、両親の声にかき消された。


「止まりなさい!!」


 駆け寄ってこようとした両親を止める為に叫び、聖騎士達へ目配せした。

 祭壇を倒してまで探したなら、その時は祠に誰も居なかったのはよく理解しているのだろう。突然現れただろう私達に驚きはしたものの、私の言葉と私の隣にいる青年に気がつき、急ぎ両親を羽交い締めにし、こちらへ近づけないようにした。


「何をする!?」

「マリア!!!」


 怒る父と、縋るような声を出す母。

 それを冷ややかな目線で眺めているだろう自分が居る。

 激している両親とは正反対で、ある程度落ち着いていただろう両親の護衛騎士達も、私の隣に居るだろう人物に理解をしたのか、震えながらその場に跪いた。

 その中の何人かが呟いたのだろう、誰も居なかったよな……とか、まさか……といったような掠れた声が聞こえた。


「マリア!そいつは誰だ!?」

「帰りましょうマリア……生きていて良かった……」


 感情が高ぶっていて何にも気がついていないのか。

 父はシヴァに問いただし、母は私の無事を知り涙する。


「私は自分で望んで貢物となりました。このまま神の元で過ごします。帰るつもりはありません」


 真っ直ぐに両親を見つめ、ハッキリと言い切る私に、両親は呆然とした。


「貴方は……神様……でしょうか」


 聖騎士の一人が、シヴァを見ながら、おずおずとそう切り出した。それに対しシヴァは目線をやるだけだったが、私はしっかり頷き言った。


「誰も居ない所から人が現れる現象を、人間が出来ると思いますか?」


 私の言葉に確信したらしく、こんな事は初めてだ、初めて見た等と後方に控える聖騎士達はザワついている中、先ほど声をかけてきた騎士は深く頭を下げながら更に言葉を続けた。


「神は、この娘を貢物として受け取ったのでしょうか」

「僕はマリアの意思を尊重するだけだよ。マリアが帰らないと言うならこのまま貰い受ける」


 即座にしっかりハッキリとシヴァは聖騎士に言葉を返した。

 私の意思は決まっている。それを知ってもそう言ってくれるシヴァに喜びを感じた。


「駄目だ!駄目に決まっている!!!マリアは私の大事な娘だ!」

「神に捧げる為に大切に育ててきたわけではないわ!マリアを返して!!」


 両親の放ったその言葉に、怒りの炎が燃え上がったかのように体中が熱くなった。


「ふざけないで!!愛してなんていないくせに!!」


 激昂し、叫ぶ。感情を全面に出した睨みつける私の表情に、両親は驚きの表情を隠せない。


「何を……言っているの?」


 震え、信じられないものを見るかのように、声を絞り出し言う母。


「そいつか!神なんているわけがない!そいつに騙されているんだ!!」


 怒りの矛先をシヴァに向ける父。

 何を言っているんだろう……あぁ、いつもの事だった。

 心が、表情が凍る。

 聞かない、伝わらない、私の意思なんてない。

 勝手に思い込んで、自由に捻じ曲げる。


「私は私の意思でここに居る事を望んだの」


 たった一言、伝えたい言葉。

 言いたい事は沢山あるけれど、今伝えたいのはこれだけ。

 私は望んでここに居る。そしてこれからも。

 真っ直ぐ両親を見て言い切った……が。


「ありえないわ!そんな事!」

「言わされてるんだろう!そいつに!」


 伝わらない。

 何度……何度何度何度繰り返せば良いのだろう。

 でも期待してしまっていたんだ。分かってもらえる、聞いてもらえる、伝わるって。

 シヴァと暮らす中で、私は自分の意思が伝わる事を知ったから。だから余計に期待してしまったんだろう。

 絶望とか、呆れとか、そういうのはもう一切なくて、ただただ心が冷えて何も感じない。

 何とか説得しようと聖騎士が両親に何か言っていて。両親の護衛騎士は焦っている。

 現実味がなく、ただの観劇を遠くから。いや、夢の中にいるような、そんな現実味のない心地でただ眺めていた。


「マリア……」


 そんな私の様子に心配したのか、シヴァが私の手を掴んで顔を覗き込んできた。


「貴様!!!」


 シヴァの頭の向こう。

 父が聖騎士を振り切り、こちらに駆けてくる。

 剣の手をかけ、刃が光る。

 父を止めようと聖騎士は手を伸ばすも空を掴み。

 護衛騎士は焦ったのか母を庇うように立ち。

 父の剣がシヴァに向かい振りかぶる様まで全てスローモーションのようで——。



 私は咄嗟にシヴァを押しのけ、刃の前に出た。


 身体に鋭い暑さが走り

 生暖かい水に包まれる

 呆然とした父が見えて

 驚いた顔をしたシヴァが居て

 平衡感覚がなくなったかのように身体が傾いていくようで

 ゆっくりとゆっくりと、時間が進む


「マリアーーーーーーー!!!!!!!!!」


 泣きそうな顔で、私の名前を叫ぶシヴァを抱きしめたくて。

 でも身体が動かなくて。

 だから大丈夫だよと声を出そうとして……私の意識は途切れた。

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