第5話
神に死は存在しない。
長い長い年月の中、気が付けば生贄として放り出されている娘が居る事に気がついた。
そのまま野垂れ死なれても気分が良くないしと思い、暇つぶしのように保護をした。
人間と接して、人間のような生活をし、色んな事を教えてもらい、生活の場を整えた。
永遠にある時間の中、一瞬と言える時間だけの娯楽だけど、とても楽しかった。だから気がついたんだ、自分がとても寂しかった事に。
気が付けば、次はいつ来るのか。それが楽しみになっていた。
そして来たマリアという子は、ある意味とても変わっていた。
今までは孤児や平民といった身分の子達だったが、マリアは貴族だと言う。つまり人間の中では高貴とされる身分になるのだろう。
ツンとすました、誰かに媚びる事のない視線。
一緒に居てくれないかもしれないと少し不安になったけど、一緒に来てくれると言った。
これまでの娘達は恐怖や安堵の念が入り混ざっていたのに対し、どこか違うマリアに面白さを見出した。
毎日の生活は今まで以上に楽しかった。
今までの人間は、やはり神が相手だと畏怖の念があったようで、どこか一線おかれていたのもあるだろう。
これまでは手伝う程度の事しかしてこなかったけど、マリアは何も出来ない。
教えて、一緒に行う。
マリアは何事にも一生懸命で、更に笑い、怒り、驚き、悲しみ……色んな表情を覗かせるようになった。
今日はどんな表情を見せてくれるのだろうか。日々そんな楽しみに胸を躍らせた。
こんな気持ちは初めてだった。
ある日、森の中で怪我をしている獣を見つけた。
弱肉強食も自然の摂理、捨て置くか食べるのか、どちらを選択するのだろうと思ったら、意外な行動に出た。
「大変!」
そう言って近づいて、何とか手当しようとする。
自分に牙を向けて唸っている獣相手に。
このままではマリアが怪我をしかねないと、手当を手伝い、獣を森へ帰した後に聞いた。
「だって……生きようとしていたし……?」
「疑問形?」
「食べようと思って捕まえたわけでもないし……生きるために頂くと決めた命じゃないし……?助けるのは当たり前……?」
色々と疑問形で返してきてはいるけれど、無駄に命を狩る事もしなければ、自然と助ける行動に出たのだろう。
綺麗だな……。
そう思ったら、自分の中に特別な感情が芽生えているのに気がついた。
……けれど。
寿命ある人間と神とでは、未来なんてないのだ。
穏やかに流れる時間。
生きるために行う生存的な行動。煩わしいものが一切なくて、貴族として生活していた頃の苦悩なんてものを思い出す事もなくなっていた。
ここでずっと生活してきたと思えるほどで、戻りたいという気持ちなんて微塵も起こらない。
「見てシヴァ!綺麗な花が咲いているわ!」
「本当だ。家に飾る?」
何かを伝えると、ちゃんと返ってくる言葉。
シヴァはちゃんと私を見て、私の言葉を聞いて、反応を返してくれる事に嬉しくて、感謝して。
このままずっとシヴァの側に居たいと思っていたし、居ると信じていた。
今までの生贄達のように。寿命を迎えるその瞬間まで。
◇
「っ!」
「シヴァ?」
弾かれたように、森の一点を見つめるシヴァに、問いかけた。
その表情は今まで見たことがないくらいに険しい。
「どうしたの?」
微かに肩が震えているのが分かる。
一体何が起こったというのだろう……。
「マリアは……」
私の方を見る事なく、少し俯き悲しそうな表情をしてシヴァが呟く。
「マリアは……戻りたい?」
「絶対嫌」
シヴァが唐突に放った戻るという言葉。
戻る場所なんてシヴァと出会う前の場所でしかないだろう。
間髪入れずに放った私の言葉に、シヴァは顔をあげて私を見る。
「私は、シヴァの隣に居たい。拾ったのはシヴァだよね?捨てるの??」
神様なのに?と少しおどけて更に言った。
笑って言うつもりだったけれど、顔が引きつった気がする。あの頃の生活のように、仮面のような笑顔を貼り付ける事が出来なくなっているのだろう。私にはもう必要のないものだから、別に良い。
そんな私を見て、シヴァは少し戸惑ったように表情をした後、私に向かって手を伸ばしたかと思ったら、そのまま私を抱きしめた。
「……捨てない……捨てないよ……許されるならば、ずっと側に居て」
神様というのは、こんなに淋しがり屋なのだろうか。
シヴァの方が捨てられた幼い子どものようで、私は返事の変わりにシヴァの背中に手を回し、ギュっと抱きついた。
私はここにいる。シヴァもここにいる。
お互い、ずっと側にいる。
生きてきた年月を考えたら、まだ少しの時間しか経っていないけれど、もう隣にいるのが当たり前のように思える。
シヴァが私を抱きしめる腕に力を込めたかと思ったら、衝撃的な一言を呟いた。
「……マリアの親が、マリアを迎えにきたよ……」
「……嘘よ……」
血の気がひくような感覚がしたが、それ以上に私は信じられなかった。
迎え?誰が?あぁ、両親が……そうか、娘を大事にする親を演じたいが為か。自分達の名声の為ね。
「マリア……?」
一気に表情がなくなった事は、自分でも分かっている。そんな私を心配するかのようにシヴァは私の顔を覗き込むが、思い出したくもない過去が走馬灯のように頭を駆け巡るのを止められない。
心が冷えていくのと同じように身体も冷えていくようで、ついシヴァの服をギュと掴む。
「……祠で暴れてるみたいだね……どうしようか……」
シヴァは神様としてどんな力があるのだろうか。
神様として不可思議な力を持っているのだろうか。それを見た事はない。分かる事といえば、祠から此処へ移動してきた陣くらいだ。
私は、シヴァはシヴァとして好きだから、それを尋ねるのも違う気がした。
ただ穏便に解決するにしても、シヴァではなく自分が赴くべきなのではないだろうか……。
「……行く……私がちゃんと話してくる」
「……無理しちゃ駄目だよ?僕も一緒に行くから」
それ以上何を言うわけでもなく、お互いが強く手を握り、陣へと移動する。
「マリア!マリア!!どこに居る!!!」
「マリア!どこなの!?」
「落ち着いて下さい!!」
父と母だと思われる声と、それを止める人の声。
多分護衛騎士達だろう。こんな所へ貴族が護衛もなしに来るわけもない。そもそも道のりも険しいのだ。
「やめて下さい!神の居住区とされる場所ですよ!」
「黙れ!勝手に娘を生贄にした分際で!」
「あぁあああ!!マリアー!!!」
どうやら聖騎士の人達も居るのだろう。見張りや道案内としての意味もありそうだ。
祭壇の影に現れた私達だが、罵声は祠の外から聞こえる。
目を開けて祠の中を見渡すと、祭壇が倒されているのが分かる。どうやら両親が私を探すために暴れたのだろう。
シヴァに目をやると、苦笑しているのが分かった。
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