第4話
自分の生い立ちを思い出す。
住む場所もあって、三食食べる事が出来て、学ぶ事も出来たし、身体を清潔に整える事も出来た。
確かに恵まれていただろう、外聞的には。
ただ、自由とか意思とかなかっただけで、私が私である必要はなかっただけで。心は貧しかったと言える。
「……話し相手になるだけ……ですか?」
私の口から出た問いかけるような言葉に、神はキョトンとした顔をした後、意図を汲み取ったのか答えた。
「いや、神の居住区に人間を連れて行く事は出来ないから、この近くに住む場所を作ってはあるんだけど、自給自足生活になるよ。話し相手だけというわけにはいかないかな……もし嫌なら出て行っても大丈夫だし」
少し寂しそうに神は言う。
けれど、私の目標は家を出る事であったし、どこか遠くの辺境へ行って生活するのか、ここにするのかの違いだけである。
すでに場所も用意してあって、一人じゃなく誰かが居るとするならば……それは私にとっても良い事なのではないだろうか。
居ないように扱われている感覚は一人で居るのと同じようなものだったけれど、寂しさに慣れているわけではない。
「これからお願いします。神様」
礼をしながら言うと、神は笑顔になって答えた。
「喜んで!」
「……凄い……」
神に連れてこられた場所での朝。
私は庭に出て、めいっぱい空気を肺に吸い込んだ。
木々の騒めき、鳥の鳴き声、川のせせらぎ。美しい自然に囲まれている。
小さいながらも立派な家が建っており、周囲は少し開けていて、しっかりした畑もある。
家は二階建てで、一階にキッチンとリビング。二階にベッドルームがあった。
棚や生活に必要な雑貨等も完備していて、もう十分と言える。むしろほぼ身一つで何とかしようと思っていた私にとっては贅沢なんじゃないだろうか。
「おはよう、マリア」
「おはよう、シヴァ」
神の名はシヴァと言うらしい。
あれからお互い呼び名も分からないのは不便だと名乗りあい、ここに来た。
実は祠にある祭壇の影には、陣のようなものが隠れていて、乗るとココへ移動出来るのだそうだ。
家の隣にある小屋にも同じ陣が描かれていて、神が居なくても娘達が行き来できるように陣を描いておいたという。つまりそれはいつでも逃げ出して良いという意思表示だったのだろう。
束縛する事なく、無理に留める事なく。それでもこの地で寿命まで神の側に皆居たというのならば、それはこの地での生活が穏やかだったのだろうと思って安心した。
「そういえば……シヴァは食事をするの?」
朝食にしようと畑から野菜を一緒に収穫しながら尋ねる。
「まぁ食べられない事はないけど、食べる事は出来るよ。マリアみたいに贈られてきた子が居る時は一緒に食べるよ!」
だって一人で食べるより美味しいんでしょ?僕も楽しいし。と笑顔になりながらシヴァは言う。
確かにその通りではあるから、私も少し嬉しくなる。
……というか……。
「シヴァ……手際良いね」
「贈られてきた子達に沢山教わったからね!」
野菜を取るのも、洗うのも、切るのも。
シヴァは手慣れていた。むしろ私が虫に驚き、洗うのにもたつき、包丁で指を切り……只今、シヴァの包丁さばきから盛り付けからを見学させていただいている。
初日の朝食で、自分が何も出来ない事に打ちひしがれた感じはする。
一人なら一人で、それでも何とかしていたかもしれないが……。
シヴァの横顔を眺めていると、心が温かくなったような気がする。
問いかけたら、答えてくれる。会話が成立する。助けてくれる。
それが……嬉しくて。くすぐったいような気持ちになる。
「シヴァ。色々教えて」
「良いよ」
私は人に頼った事があっただろうか。いつも押し付けられて我慢していただけだった……。
しかし、生活に必要な知恵と技術を身に着ける為に頑張ろうと、神様に頼る事を決めた。
勿論、シヴァは笑顔で了承してくれた事に、少し安堵の息を漏らした。
初めて釣りをした。
私は全然取れないのに、シヴァは次々と釣り上げた。
木の実や山菜を取った。
食べられるものと食べられないものの違いが分からず、シヴァに聞いて沢山収穫したけれど、細かい違いは直ぐに覚えらず、毎日毎回聞いていた。
田畑を耕し、毎日手入れをした。
農作業の道具は重く、思ったように使えないし、手入れも大変だった。慣れない内は体中痛くなったし、指も荒れた。
毎日一緒に料理をした。
煮たり、焼いたり。料理なんて全く分からなくて、とりあえず焼けば良いなんて思っていたけれど、そういうわけじゃないという事を知った。沢山指を切って火傷もした。
毎日新しい発見をして、新しい事を覚えて、新しい経験をした。
「やった!釣れたわ!」
そう言って、暴れる魚に苦労して。
「この木の実、すごく甘い!」
満面の笑みで食して。
「きゃああ!!!」
草抜きの最中に現れた虫に驚いて。
「皮…………」
ほとんど実がなくなってしまった芋を前に落ち込んで。
「表情豊かになったね」
「え?」
「前はお面のようだったのに」
「どういう事!?」
シヴァの言葉に憤慨するマリア。怒った表情も現れるようになった。
本気で怒っていないのが分かるから、シヴァが笑うと、マリアは更に頬を膨らませる。そんなマリアを見て更に笑う出すシヴァに、マリアも安堵の表情を浮かべ言った。
「ありがとう、シヴァ」
「え?」
「私、今すごく幸せ」
自分が自分らしくある事に。
自由に動き、笑い、怒り、楽しむ。縛るものが何一つない生活。
豪華なドレスや宝石はなかったけれど。
ここには使用人や立派な食事もないけれど。
全てを自分で選び取れる生活にとても幸せを感じている。
そんな事を言うマリアに、シヴァの頬が赤く染まったようになる。
神様も人間のような外見をしているから血が通っているのかな、なんて思いながら首をかしげると、更にシヴァの顔が血色良くなる。
「……かなわないな……」
口元を手で覆い、少し目をそらしながら呆然とした感じでシヴァが呟く。
「いや、人間より神様の方が上でしょう」
「そうじゃなくて」
サラリと言い放つマリアに、シヴァは少し項垂れる。
「保護してくれてありがとう。私に色々教えてくれてありがとう。こんな素敵な場所に連れてきてくれてありがとう」
自然の美しい空気を目一杯吸い込んで、マリアは更に続ける。
「神様、私と出会ってくれてありがとう。シヴァは人間を幸せにする神様ね」
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