第3話

 社があるという山の麓に付くと、そこから神輿のようなものに移動をし聖騎士達に担がれた。

 山頂までの道のりはとても良いものではなく、結構揺られたが、こんなものを担ぎながら登るなんて大変だろうな、なんて他人事のような事も考えていた。

 百年に一度の周期といえど、この人達も大変だと思い声をかける。


 たどり着いた場所には小さな滝があり美しい自然に囲まれているような場所だった。

 小さな祠が滝の側にあり、そこへ一緒に運ばれた果物や野菜と共に入る。

 普段は食物等を捧げるのは神殿で行っているそうだ。

 進んで他の貢物と共に祠へ入る様を心配そうな、悲しそうな、そして怪訝そうな顔で見られている。


「それでは、私達はこれで失礼いたします」


 深く一礼をする神官の顔に迷いが見える。


「ありがとうございます」


 その迷いを吹きとばせと言わんばかりに、私は淑女教育でほどこされた仮面である満面の笑みでお礼を言った。


「さて、どうしようかな」


 一応、神への貢物である以上、ここから直ぐに出ていくのもどうかと思い、しばらくゆっくり考えていた。

 そもそも生贄だ。最悪の事を想像しているわけではないが、家から出られたというのは喜ばしい事でもある。

 持ってきたカバンも祠の中にあるし、しばらくは此処にある果物でも食べていれば凌げる。

 どれほど此処に留まっていれば良いとも言っていなかったけれど、明日くらいには出て行っても良いのではないのだろうか。

 そしてその後はどこか遠い辺境にでも行って見つからないように暮らそうかな、なんて楽しんでいる自分がいる。

 所詮家出感覚の冒険気分かもしれないし、一人で生きていくという事を知らないからこそ危機感がないのかもしれない。

 それでも自由を手にしている事に高揚感が高まる。ドレスや宝石もないけれど、自分の意思だけはしっかりとあるのだ。

 日が暮れ始めたのか、祠の中が薄暗くなり始めて気が付く。


「あ、もうこんな時間なのね」


 少しお腹もすいてきたので、祭壇のような場所に置かれた林檎を、そのまま齧る。

 マナーに煩い貴族の生活から抜け出した事で平民のようにそのまま丸齧りして食べている事に、心のどこかに楽しさを覚えながら、食べ進める。

 もう、する事もないし寝てしまおうかなと、そのまま床に転がる。

 ベッドもなく、柔らかいシーツもない。それでも不便と言う事もなく、新しい体験に戸惑いと楽しみがあるようで眠れそうにない。

 ゴロリと祭壇の方へ寝返りをうつと、人の足らしきものが眼前にあった。


「……え?」


 目線を上にあげると、白い衣を身にまとい、白に近い金色の髪と目をした青年が、こちらをジッと見ていた。


「お前は……「え!?私以外にも生贄がいたの!?」


 青年が何か話したようだが、驚いてつい声をあげてしまった。

 私以外に誰かが入った記憶なんて一切ないのに……神官達と一緒に入った後、祭壇の影にでも隠れていたのだろうか。

 神官達が出ていく時に祠を閉められてからは誰も出入りしていないのは確かだ。

 つい周囲を見渡してしまった私を見ながら、青年は少し驚いていたかのような表情を崩し、口元に笑みを浮かべた。


「僕が神だよ」


 出た。

 つい頭の中にはその一言でいっぱいになる。

 楽しい家出は終了し、生贄となるようで、残念な気持ちがないとは言えないが、それなりに覚悟があった事でもある。

 貢物、生贄。祠に入れられた後の生死は不明、というのは祠には貢物として捧げたものは全て跡形もなく消えているからだ。

 死体すらもない。


「驚かないんだね……じゃあとりあえず僕の家に行こうか」


 苦笑しながら神と名乗った青年は言う。

 確かに今まで居なかった人物が急に現れたら驚くだろうし、しかも神なんて言われたら怯えたりもするだろう。

 だって生贄なのだから。

 でも……死んだように生きるあの生活よりはマシだし、ある意味苦しみからの開放かもしれないと思える。

 が、しかし。


「お断りします」

「え……?あっ!生贄とかじゃなく保護するだけなんだけど!」

「お断りします」

「……えー……」


 少し抵抗を試みてみたが、神は何か落ち込んでいる。

 家から出て、辺境で自由に暮らすという夢が叶えられるのだろうかと思って断ってみたのだが、神は無理矢理連れて行こうとするわけではないようだ。

 むしろ今、生贄とかではなく保護と言っていた気もするけれど……。

 保護されて過保護にされたらそれこそ自由がなくなるのではないだろうかと即座に断りの言葉を繰り返した。


「退屈な時間が終わると思ったのに……」


 肩を落とし呟くように神は言った。

 退屈な時間……その言葉に自分を重ねてしまう。


「どういう事ですか……?」


 相手は神だ。

 私のように、死んだように生きているわけでも、自由がないわけでも、人形のように扱われるわけでもないだろう。

 神なのに退屈。神だからこそ退屈なのか?

 気になり尋ねると、神は少し悲しそうな表情をしながら言った。


「僕は生贄を望んだ事はないんだけどね……とても感謝をしているんだよ」

「……感謝?」

「長い長い時間の中で、君達のような人間が来てくれて保護している間、僕は話し相手を得られるんだ」


 神は生贄を欲した事や求めた事もなく、ただただそこに存在しているだけだった。

 だけれど人間は何かと理由をつけたり対処をしたりしないと気が済まないようで、ある時代に水害や疫病で大変な事になった時、勝手に生贄という制度を作ったようだ。

 それから定期的に国が勝手にココに若い娘を放り込んで行くようになったそうだ。

 国に帰る事も出来ない身寄りのない娘達ばかりで、生贄というより保護をしていたそうだ。そして気がついた、誰かと一緒にいる生活。

 死ぬ事なんてない、長い長い悠久の時間。大半は眠って過ごしているらしが、娘が贈られた時だけは起きて一緒に過ごしていたそうだ。

 娘の寿命が尽きるまで。

 神に比べて短い人間の寿命だけれど、その短い時間がとても楽しく、自分がいかに寂しかったのか痛感したそうで、また生贄が贈られる事を悲しく思う反面、楽しみでもあったと————。


「そうだったのですか……」


 神の話を聞いて思った。少なくとも今まで生贄となった娘達は生贄となった事が幸いだったのではないかと。

 身寄りがないという事は明日の生活すら分からない者の中から選んでいた可能性が高い。

 ならば神の元に保護されていたのならば多少は穏やかな生活が出来たのではないのだろうか。

 ……幸せだったかどうかは別として。

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