第2話

「何を……」


 神殿に着いたら懺悔室のようなものではなく、奥にある応接室へと通された。

 多分、貴族という肩書きがあるため、平民の方達が恐縮しない為の処置であるだろうと想像は出来る。

 護衛も部屋の外に待機していて、現在対応してくれている神官様と二人なため小声で生贄になりたいと伝えたら、驚愕の表情で言葉を失った。


「ご自分が、何を言っているかご理解していらっしゃるのですか?」

「もちろんです。それとも生贄となるには、何か条件でもあるのでしょうか」


 神官の目を見据えて言う。

 神官が選んでいると言うならば、選ぶ基準を知っているのではないだろうかと思い問いかけたが、神官は目を泳がせるだけだ。

 百年に一度と言うのであれば、前回の選定に関わっているだろう人間は生きていない。せいぜい書物が残されているだけだろう。

 立候補するものが居たという前例がないのだろうか。狼狽える神官に更に強い言葉でお願いする。


「是非とも私を神の元へ送っていただけますか」


 そう言葉を紡いだ時、応接室の扉が開き、大神官様が入ってきた。


「清らかな乙女を選んで差し出しています」

「大神官!?」


 私の真剣な眼差しと言葉を受け、静かに扉を閉めると大神官はそう返事をした。


「貴方は貴族のご令嬢だとか。貢物の意味を正しく理解しておいでか」


 少し馬鹿にしたような含みが混じっているが、目線を逸らさず、そしてしっかりと頷く。


「貢物と言うが、生贄のようなものです。山頂にある社へ他の貢物となる果物や野菜と共に入れられる。他の者は皆そこで撤退します。それがどういった意味かご理解していますか?」

「はい。こちらに戻る事は二度とありません」


 その言葉に大神官の手がピクリと動いたが、言葉の通りだ。この国に戻ってくる事は二度とない。

 言葉の裏を読んだのか、そのままの意味を取ったのか。少し考えている大神官と慌てている神官。


「決意は固いのですか!?気は確かでしょうか!」

「どちらにせよ貢物は必要です。適当に孤児から選ぶおつもりでしょうか?ならば私でも大丈夫でしょう」


 ここまで意見を押し通した事はない。家では言うだけ無駄なのだと、押し通そうとすればするだけ我儘だと言われ精神が疲弊する。

 しかし今は何としても生贄に選ばれたいという思いがある。これを逃せば、あの家から逃げる事は出来ない。


「決意は固い……か」

「大神官!!」


 ため息を吐いて、大神官が言うと、神官が更に焦る。


「立候補と考えると、それはそれで喜ばしい事ではないのか……?これぞ神のお導き……なのかもしれないな」


 覚悟を決めたように頷く大神官に、青くなっていた神官の顔も引き締まる。

 足枷は子爵と言えど、貴族の娘である事だろう。貴族を敵に回すのは神殿であっても避けて通りたい道だろうと思う。

 私の望みだという誓約書のようなものを制作し記入した。これで神殿側の憂いも少しは晴れただろう。


「それではよろしくお願いいたします」

「こちらこそ……では三日後、迎えに参ります……本当によろしいですか?」


 多分聞いてきたのは日数の事だろう。

 別れを惜しむわけでもない、やり残したことがあるわけでもない。

 神殿で必要な準備が終わる最短を希望したのだが、大神官はそれを気にしているのだろう。


「はい。早ければ早い方が助かります」


 微笑んで答えると、大神官と神官は複雑そうな笑みを見せた。

 色んな貴族の懺悔を聞いているだろう二人は、きっと複雑な貴族関係を知っているだろう。

 私自身に対して説得などせず、何も聞かず。ただ身分という足枷だけを気にして、そのまま受け入れてくれていたのは有難い気もした。

 そして、両親の許可が必要ない事にも助かった。あくまで全て私の意思なのだ。


 三日後に向けて、私は準備をする。

 と言っても、心残りを整理するというわけではない。新しい門出に向けての準備だ。

 神殿から帰って来た私は、侍女に孤児院で行われるバザーの日程を確認するように言い、明日は一日片付けに専念する事とした。



 ◇



「マリア、何をしているの?」

「まぁ!勿体ない!まだ使えるのに!」

「どうするの!?こんなに新しいものを買う余裕なんてうちにはないわよ?」


 翌日、朝から自分の部屋を整理している私に姉は付きまとい、こちらが返事をしなくとも気にせず次々と言葉を放ってくる。

 私が一言も発していない事に気がついていないのだろう。片付けをしている先から色々物色しては何か言っているが、そんな姉をスルーして服から装飾品まで全てを仕分けをしていく。

 もう戻らないからこそ、必要のないもの。

 寄付できるものは寄付しようと思うし、宝石等は念の為、持っていけるものだけは持って行こうと思う。

 服も身軽なワンピースのようなものを一着だけでも持っていけば良いだろう。煌びやかなものは全部要らない。

 そもそも、この部屋にも私のものだと思えるものなんて何1つないのだ。全ては姉のものだったもの。

 地味で目立たない部屋で着るようなワンピースは助かるし、何かあった時に売るとしても高価な宝石はなく、そこら辺でも気楽に売れると良いなと思える宝石ばかりだ。


「マリア!聞いてるの!?」

「そろそろお茶会に向かう時間ではありませんか?」

「あら……本当ね、行ってくるわ!」


 そう言って姉はもう私の事など気にせず、楽しそうにお茶会へ出かけて行った。

 服から装飾品までほぼ全てをバザーに出してという私に侍女は心配そうに焦り、オロオロとしている。

 その様子に罪悪感が湧き上がった私は、バザーに出すという私の意思を一筆書いたものを用意しておき、侍女には気が変わるかもしれないからすぐにではなくて良いと伝えた。

 そして色や柄別に仕分けした状態でクローゼットに戻すように頼んだ。







 翌日、神官と聖騎士達が迎えに来る。

 邸中がざわめき、家令を初め使用人達が驚いているのが分かる。


「私は神への貢物となる事に決めました。今までお世話になりました」


 使用人達を前にそう言って一礼する。

 昨日私が持ち物を全てバザーに出してくれと伝えた侍女が理由を察して真っ青になって倒れ、近くに居た者が抱き抱えていた。

 今私が持っているのはカバン1つのみ。


「何を言っているの!?マリア!?」


 発狂して暴れ泣き叫ぶ姉に見向きもしないで、私は家を出る。


「お父様とお母様の許可はあるの!?」


 両親の許可はないが、私の意思のみで行けるのだ。

 神への貢物と言えば、ある意味名誉的な事ではないか。

 叫ぶ姉の声に一切反応せず、後ろを振り返る事もなく、私は馬車に乗り込み邸を後にした。

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