第7話
「……そうでしたか……」
大神官は跪きながらも声を紡ぐが、その声は緊張からか少し擦れ震えている。
「うん。だからもう貢物は要らない」
対面しているのは、神と呼ばれる偉大なる存在。
まさか生きている間に目にする事になるとは思わなかった……というか、目に見える存在だとは思っていなかった。
子爵家のマリア=リドルを貢物として捧げた後、両親が娘を返せと神殿へ乗り込んできた。
あのまま暴れて何かされても困るし、祠の場所を調べられて壊されても問題だと思い、聖騎士をつけて祠へ向かわせたのが少し前の事。
そこで娘の言葉を受け入れず逆上した父親が神に斬りかかり、マリアが庇って切られた後、泣き叫んだ神の声を最後に皆、この神殿へ飛ばされ帰ってきた。
神殿に帰って来たと気がついた聖騎士は神のお姿を私に伝えに走ったが、現状を把握できていない護衛騎士は真っ青に震え、リドル子爵夫妻は魂が抜けたかのように呆然としていた為、邸に迎えを寄越すように連絡をやり帰っていった。
そして本日、神と名乗る方が神殿へ急に出現した。神だとすぐ分かったのは、その場所に以前祠へ向かった聖騎士が居たからだ。
すぐに部屋へ通し、私が神と対面し話を聞いていたのだが、その話の内容に驚愕した。
……人間が勝手に貢いでいたという行為と、その後は神が保護していたという話を……。
勝手に作られたしきたりと、神に迷惑をかけていた事実に頭が混乱しているが、これだけは聞きたかった。
「あの……マリア嬢は……」
あれは致命傷だったと、そう聖騎士は報告してきた。
しかし聞かずにはいられなかった。それが安心を求める為の自己満足だとしても。
その問いに神は、どこか寂しそうな、だけど優しい笑顔で発した答えに、私は喜びとも悲しみとも言えぬ感情に一筋涙を流した。
◇
——神は死ぬ事がない——
それなのに、僕を庇って切り裂かれたマリア。
ずっと……ずっと一緒だと……側にいると言っていたのに……。
神と人間、寿命は違うけれど。
まさかこんなに早く別れの時を迎えてしまった事を受け入れたくなくて。
叫び、邪魔な者を飛ばした。
「マリア!マリア!!マリア!!!」
どれだけ叫んでも、その瞳は開く事がなくて。
だけどマリアが居ない世界を生き続ける事が想像できなくて。
僕は、マリアが言ってくれた言葉にすがった。
僕の隣に居たいと言ってくれた彼女の言葉に。
——だから僕は——
◇
「いやぁああああああ!!!!!」
アリスは叫びながら飛び起きた。全身汗が流れていて、酷い悪夢を見ていたのだろうと分かる。
「嘘よ……嘘……嘘よ!!」
震える声で消え入るような否定の言葉を呟くが、最後は泣きじゃくるかのように叫ぶ。
寝巻きのまま、震える足でマリアの部屋へ駆ける。
「アリス様!?」
すれ違った侍女が何事かと追いかけてくる。ストールを持って走ってくる侍女も居る。
みっともない格好だと分かっているけど、確かめずにはいられない。
扉が開いているマリアの部屋に入ると、そこにはお父様とお母様も居た。二人とも寝巻き姿で、起きてすぐにマリアの部屋に来たのだろう。
「……アリスか……」
力なく呟く父は、マリアの部屋にあるクローゼットや宝石箱の中を見て呆然としている。
側には泣き崩れているマリア付きの侍女が居た。
「新しいものは……?新しいものはないの!?」
侍女に詰め寄る母に対し、涙を流しながらも侍女はありませんと呟いた。
そして、これを……と手紙を渡していた。そこにはマリアの字で全てを孤児院のバザーへ寄付するという旨が書かれていた。
ふらふらと父は本棚に近づき鍵を見つけると机の引き出しに鍵を差し入れた。
「そこには……!」
「アリスもか……」
驚き声をあげた私に、父はそれだけ呟くと、一冊のノートを取り出した。
それは…………夢に見た通りのノートで。その通りならば、その中身は……マリアの日記。
「あ……あぁ……」
声が……掠れる。
夢の中では私がマリアの視線で。
言っても言っても言っても、何も伝わらない。
自分の意思で選んだ物は何もなくて、全部姉に押し付けられたお古で。
自分の意見も通らなくて、言葉が全て不要のもので。
表情も感情も消えてなくなるようで、存在すら分からなくなって、闇の中を這いつくばっているような……生きているか死んでいるかも分からない。自我もわからなくなるような迷路。
「なんて……ことを……」
父は日記を読みながら涙した。
母も私と同じで声が出にくいのか、口をパクパクさせて髪を掻き毟っている。
「あの夢は……神からなのか……」
両親もマリアの夢を見ていたのだろう。
声が出ぬまま叫んだように崩れ落ちる母。
違う!違う!!違うのに!!!
私は声を出せなくて、自分の喉を掻き毟る。
大事な妹だった!こんなつもりはなかった!大切だった!!
良かれと思ってした事でも……マリアの視点ではこんな気持ちだったのか!
今更しても遅い後悔に打ちひしがれた。
どうして……もっと早く気がつかなかったのだろう……。
どうして……寄り添う事が出来なかったのだろう……。
こんな絶望を抱えながら、これから生きていかなくてはいけないのか——。
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