とある雨の日 


 この日は朝から降り続く雨と、この季節にしては寒いのとがあって、店の方はもう閉めてしまっていた。

 文筆の方も興が乗らず、さりとてゲームの方も今ちょうど進めているものが難易度的に詰まり気味でなんともやる気の出ない一日だった。

「ま、こんな日もあるかの」

 誰もいない店内で眼鏡の位置を直しながら店主は独り言ちる。

「ん~この眼鏡もそろそろ新調した方がええか」

 そんなことを考えていると、トントンと控え目に扉を叩く音が聞こえてくる。

 応接間は扉に近い場所だったので、店主はよいとこしょっと炬燵から抜け出ると扉を静かに開けた。

 そこには美女と言って差支えないほどの女性が立っていた。

 青く艶やかな髪は腿のあたりまで伸びて、碧い瞳が印象的な柔和で整った顔立ちと、それに反して狂暴的なまでに大きい胸とくびれたウエスト、タイトスカートからタイツへと続く魅惑的な稜線…

「流石『絶対領域の女』じゃのう」

「それはそういう意味ではございません」

 店主の視線の流れを見ながらその女性、

『レイチェル・クロックハート』はそう言ったのだった。


「嗚呼、こたつ…いいですねぇ♪これでねこさんとおみかんが有ればいうことなしです」

 レイチェルは自分の部屋のようにくつろいでいる。

「はいよ、温州みかんじゃ、猫は野良ならたまにくるがの」

「ありがとうございます…もうねこさんは飼われないのですか?」

「ん…まあ、今は猫成分は野良で補給できとるかな」

「それはいいですね、学園にも野良ねこさんが結構来ますよ」

 レイチェルは学園の教師、つまりこの世界の一部の管理権限を持つ存在の一人で、上野下野にとってはこの世界に来てから最も長い付き合いを持つ女性だった。

 お互い勝手知ったる仲という感じか…

「猫か…藤助がおったのはもう何年前になるかの…ここは前の世界とは別の意味で時間の感覚が薄れてしまうわい」

「そうですね、だからこそ気を付けないといけないことも有るのかも知れないですね…」

 レイチェルの方も物憂げだった。

 レイチェルは見た目では20代後半くらいなのだが、彼女もまた見た目通りの年数、この世界にいた人間ではないからだ。

「こう長く生きていると、心に澱がかかりそうで…何だか嫌になる日もあったりします」

 そんなレイチェルの姿を、大分昔にも店主は見ていた。

「ま、あんたが今日来た理由は分かっているつもりだがね、こればかりは儂らではどうにもならん、あまり気に病むものではないぞ」

「はい…やはり貴方には敵いませんね」

 少し前に、この二人にとって、とても悲しい出来事があった。

「たまには一緒に酒でも飲もうや、あんたも好きじゃろ?」

「はい、今夜は思いっきり飲みたいですね」

 これで少しは元気になれればと店主は思ったのだが…


「こーずけー! 早くつぎのおちゃけを用意しなさいよー!」

「あー、もうどうしてこうなった」

 すっかりレイチェルは酔い潰れていた。店主の記憶ではもっと酒には強かったし酔ってもここまで酷くなかった筈なのだが…

「だいたいアナタはいつも裏で根回しする癖にこーゆー気遣いが足りないのよっ、分かってる?」

「はいはい日本酒ですよ」

「ちがーう! ここはバーボンでしょー」

「いや、儂はビール党だからバーボンとか常備してないし」

 両手を振り上げながらレイチェルは暴れていた。

 色々な意味で危険な光景である。

「ん…こーずけ今エッチな目で見たでしょ」

「滅相もない」

 図星だったので店主はそっぽを向くことにした。

「嘘だー!いつもわらしのおっぱいとかおしりとかふとももとかエッチな目で見てるでしょ!」

「そりゃそんな魅力的なモノが目の前に有ったら見るわい!」

 仕方ないので正直に言った。というか上野下野も相当な量のお酒を既に飲んでいたのだ。

「正直でよろしい、もちろんいつでもオープンなのもダメだけど、たまには言いたいこと言ったっていいでしょ!!」

「そりゃそうじゃ、気遣いなんて知ったこっちゃないわい!」

「ダメ、わらしへの気遣いはして」

「承知しました」

 ジト目で言われたので敬語になってしまった。

「兎に角おちゃけ~!あと美味しいおつまみ~!早くしないと領域展開するわよっ」

「それは色々な意味でダメなんじゃー」

「あんでよ、わらしの力を舐めてるの?」

「そうではなくてそのネタは今すべきではないんじゃ」

「…わぁったわよ」

 レイチェルは立ち上がり窓の外を切なげに見つめた。まだ冷たい雨は強く降りしきっていた。

「わらしはぁ、何でも出来るなんて思ったコロないけどぉ、…それでも助けたかったのっ!」

 ふと電池が切れたかの様にレイチェルの動きが止まる。無言で上野下野が近付くとレイチェルはその額を彼の肩に預ける。

「私は、助けたかったの」

 そうして、その夜は更けていった。

 余談ではあるが、レイチェルが何故『絶対領域の女』という異名を持つかの説明をここで、それは彼女の固有能力の一つで、自分の設定した領域の中でなら『ほぼ何でも可能にする』ものだった。

 しかもそれは事前に設定をすれば自動で効果を発揮する上、寝ていようが意識を失っていようが基本的に彼女は領域を自身に張っている為、彼女に毒や精神攻撃、不意打ち等は一切効果が無いのだ。

 まさに絶対的な能力なのだが、それでは大好きなお酒のアルコール分までも一瞬で中和してしまうので、彼女はお酒だけは例外に設定しているのである。

 結果、翌日素面に戻ったレイチェルは二日酔いに苛まれながら思いっきり店主に謝罪したのだった。

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