□月〇〇日(晴れ)

 

 それは早朝のことだった。

「おはようございま~~す!」

 楽多堂に明るく爽やかな声が響いていた。しかし店主は夜から本格的に活動する人間なので当然のごとく眠っていた。

「ごめんくださ~~い! 上野下野さ~~~ん!」

 とても綺麗な良く通る声だったが、流石に店の奥の布団で寝ている店主には届いていない。この店は呼び鈴などを用意していないので、こうなると諦める他はないのだが…

「仕方ないなぁ…ゴメンね」

 額窓ステータスを呼び出し、何やら操作している…そして

「朝だよ…起きて♪」

 そう囁きかけると中から素っ頓狂な声がおきた。

 そして数刻後

「…ああ、ユメカさんか。あまり老人を驚かせちゃあいかんのう」

 上野下野が起きてきた、寝巻に袢纏姿ではあるが一応顔は洗って多少の身支度は整えたらしい。

「わはは、老人じゃないじゃない。改めましておはようございます♪ 健康のためにも早起きは大事ですよ?」

 そう言って少女は優しく微笑んだのだった。

 彼女の名前は『沢渡 夢叶』(さわたりゆめか)年齢は秘密とのことだがおそらく18~9である筈だ。身長は150cm程と控え目な方だがスタイルの方はとても主張していた。茶色の横で束ねられた長い髪はふわふわと柔らかそうで、黒く、光によっては紫に映える瞳はキラキラと輝いていた。

「まあ、ユメカさんの囁き声で起こされるのは最高じゃったがの!」

 そう言いながら店主はグッドサインを送る。

 先程の操作は額窓を使ってユメカの声を直接、上野下野の耳元に送ったのだった。

「ごめんなさい…どうしても朝のうちに上野下野さんに会いたかったから…ね?」

 ユメカは微かに頬を赤らめる。

「それはまさかユメカさんからの愛の告白!?」

「わはは♪ それはないで~す」

「デスヨネー」

「もう上野下野さんは相変わらずだなぁ…それにしても年上でこの世界でも先輩なんだし私のコトは呼び捨てでもいいんだよ?」

「あ~、それは色々な意味で無理なので気にしないで下さい」

「??」

「それよりも用事があったんじゃないかい?」

 話を逸らす為に店主は店内にユメカを招きながらそう言った。

「うん、…おじゃましま~す」

 ユメカは玄関で靴を脱ぐ。

「…それでね、この前に頼んだ例のチケットあるじゃないですか、あれを良かったら1枚じゃなくて2枚にしてほしいんだけどなぁ」

 部屋に通されたユメカは座布団に座ると最初にそう切り出した。

 この部屋は応接間でもあるが、壁には古いファミコンのカセットが額にしつらえて飾ってあったり、二人が相対しているのは炬燵だったり、そこからすぐにテレビが見れたりとお店というより家庭的な空間だった。

「ああ、アレね、大丈夫じゃよ、じゃあ別の連番のチケットと交換してあげようかの」

「ホントにっ、ありがとう上野下野さん!」

 楽多堂は何のお店かというと、実は定義としては難しい。

 店内にある殆どの品は売り物ではなく店主の私物で主に見せびらかす為にあり、貸したりはするがそれで金を取るわけではなかった。

 その代わり店主はあちこちに色々な伝手を持っていて、様々な品物の仕入れやサービスの提供、その仲介をするのが本業ともいえるので『何でも屋』というのが分かりやすいだろう。

「因みに、誰と一緒に行くのかい? ああ勿論言いたくなけりゃ構わないんだがね」

 先にチケットを返して貰いながら店主は聞く。

「ええと……セイガ…ってあ~~やっぱりニヤついてるっ」

「いやいや別に邪推はしてないがのう」

 予想通りの相手だったので意外ではなかったのだ。そもそもセイガにこの店を紹介したのもユメカだった。

「だからね、言い訳みたくなっちゃって嫌なんだけど、少し前にレイミアさんの話が出てセイガも興味持ってたからそれなら一緒に見に行くのもいいかなぁとか、セイガにとってあっちは初めてだろうし、やっぱり友達にはあの良さを知ってほしいしとか、だからみんなしてからかうけれど全然そういうのじゃないんですっ」

 一気に言い切った。多分他にも色々言われてきたのだろう、店主は心の中で合掌する。

「わかっとるわかっとる、それじゃ初見さんのセイガでも楽しめるようにいい場所を用意してやるかの」

「いいの?高いんじゃない?」

「大丈夫、儂のは転売にはあたらないからの、ちゃんと正規ルートでお渡しいたします」(ぺこり)

「いつも本当に助かってます、こんな甘えてばかりでいいのかな?」

「ちゃんと金額は貰ってるしの、まあ代わりにまた帰ってきたら感想でも聞かせに来てくれれば充分じゃわい」

「わかった、そうするね♪」

 ユメカのその花咲くような笑顔を見ただけで、店主はもう元を取った気もするのだった。


「ところで今日は学園スクールに行くのかの?」

 あれから数刻、ユメカに出来上がったお茶を差し入れながら店主は話を切り出した。ユメカの恰好が気になっていたのだ。

 今日のユメカの服装はチェック柄の短めのスカートに、独特な紺色のジャケット、所謂ブレザー姿だったから…

「実際、あそこには制服とか無いんじゃけどな」

「えへへ、そこは今日の気分というコトです☆」

 おどけて指を目の前に当てる仕草も絶妙に似合っていた。

 因みに、学園というのはこの世界に複数存在する施設、およびそれを構成する組織の総称である。この世界に再誕、つまり新しくやってきた者同士の交流や円滑な生活を送るための講義や演習を行う場所なので、学園という名称になったのである。

 なので学園に入るのに年齢制限などは存在しない。

「そろそろ時間じゃあ無いのかい?」

 因みに店主は学園には仕事で人に会う時以外、殆ど行ったことが無い。

「今日はまだ1時間くらい余裕があるかな~…あ、このお茶美味しい♪」

 両手で湯呑を持ちながらユメカ

「だったらもうちっと遅く来てくれても良かったんじゃないかのう」

「ごめんなさい、気になってついつい今朝は早くに目がさめちゃったから……早く来ちゃ、ダメ?」

 明らかに狙ったかのような上目遣いだった。

「狡い子じゃ、夢叶…恐ろしい子っ」

「わはは、折角だからお話しよーよー♪ 私、また上野下野さんの昔の話が聞きたいっ」

 ユメカは楽多堂の常連とも言える存在で、店主とは以前からこうやってお茶を囲んで他愛のない話をしている仲だった。

「そうじゃのう…まず儂が大天使だった話はしたじゃろ?」

「ぷっ、うん…」

「絶対信じてないじゃろ」

「そんなコトないよぅ? ただそのイメージとか大天使だった時の話とかが可笑しすぎて笑っちゃうんだもん」

 ユメカは炬燵をバンバン叩く。

「例えば『儂がキツネとタヌキと一緒にイカダで川下りをしながら現れた話』とかか?」

 思い出してツボに入ったのかユメカは30秒ほど笑いこけていた。

「…ふぅ、そりゃそれを見た人達だって唖然とするよ、私だったら……ダメ、耐えられないかも」

「あの頃はいよいよネタが無くて迷走していた自覚はあるのぅ」

「…結局、どうしてそんなコトをしていたの?」

 少しだけ、真面目な表情でユメカは尋ねた。

「神はな、全ての人を導くことはしないが…それでも特定の人物に関与する場合はあってな、その折に神の代わりに動くのもまた、天使の仕事じゃったんじゃよ」

「それって…上野下野さんは今もそう…してるの?」

「んにゃ、ここに来てからは全然じゃな。基本的に我が我がでやっているよ、だからここは『我、楽多堂』(がらくたどう)なんじゃ」

「…それってダジャレじゃん!」

「ほっほっほっ、今頃気付くなんてユメカさんもまだまだじゃの」

「確かに…漢字が読めるのに気付かなかったのは悔しいな~っ」

(まあ、裏から手を回すのは性分なだけなんだがね)

 本気で悔しがるそんなユメカを眺めながら、店主はこうやってまた生きていけることを、『彼』に感謝していた。

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