王歴でいうと竜の月三の日

 この日は珍しく予約の上客が来るので、上野下野はいつもの作務衣に袢纏はんてん姿ではなくちょっと良い着物を羽織っていた。

 カウンター脇に掛けられた古時計を見るにまだ昼前、そろそろ約束の時間だ。

「待つのは嫌いじゃないが面倒なことは早く済ませたいのぅ」

 その一言に呼応するように眼前の扉の向こうから只ならぬ気配が溢れ返る。

 少ししてきいと軽い音を鳴らせドアが開き、一人の男が入ってきた。

「店主、我が来たぞ」

「いらっしゃいエンデルク様、…おや本日はおひとりかな?」

 この男の名は『エンデルク・ノルセ・プライム』、サラサラの金色の髪、すらりとした長身でありながらも引き締まった肉体、一見して高級なものだと分かる服装、そして容姿はかなりの美形の部類といえるだろう。

 彼は元の世界では若くしてとある国の王であったそうで、いつもは同じ世界から来た二人の供を連れていた。

 店主が数多く知る世界の王族の中では意外と真っ当な方だった。

 世界と一言に括っても「此処」ではかなり沢山の意味合いを持つ、ただそれについても本編とは大きくは関わらないので、この「もう一つの真なる世界ワールド」には他の多くの世界から人が来て成り立っていることだけ覚えていてほしい。

「ああ、今日は暇をやった。あいつらもしたい事くらいあるだろうからな、今は我だけで充分だ」

「なかなか臣下思いじゃのう」

「王は、寛大だからな」

 本当にそれが当然であるが如くエンデルクは言い放つと手にしていたトランクケースをカウンターに置きそれをカチリと開ける。

 中には不思議な物が入っていた。

 端的に言うならばそれは『燃え続けている木の皮』だった。

 勿論本当に燃えているのならばトランクにずっと入れられるモノではない筈で、実際店主が手に取ってもそれは全く熱くなかった。

「ほうほう、なかなかの上物じゃのう」

「これなら問題無しか?」

「ああ、この素材なら充分お前様の期待に添う物が作れるよ、これはあれ、この前セイガ達が『燃える木の森』で採ってきたやつじゃろ?」

「その通りだ…あの男には礼くらいはせねばな」

「だったらまずはルー嬢ちゃんを褒めてやらんか、お前様のことだからどうせ特には何もしとらんのじゃろ」

 エンデルクはつまらなそうに

「ルーシアの事は問題無い」

 とだけ言った。ルーシアとはエンデルクの供の少女のことである。

「まあ、老いぼれの戯言でスマンがな…急ぎの用だったから早速職人に渡すとしよう」

「最速で頼む」

「最速…かい」

「ああ、そうだ」

 エンデルクは木皮の傍にあった布袋を取り出し店主に投げて寄越す。

「おおおい」

 ずしりと…というより圧倒的な質量に店主は持ち切れず袋は床に落ちて中身の金貨をまき散らしてしまった。

「ああもう床が傷ついてしまったじゃないか、というか老人は大事にせんか~い」

「どう見ても似非老人だろう?」

「ああもう…分かった分かった、最速で最高の逸品を作らせるよ、デザインはアレでいいんだろ?」

「勿論だ、王にとってアレは最重要だからな。やはりこの前の一件でそれを思い知った」

「この前の一件とは?」

 これはまた面白そうなネタの臭いがしたので店主は大きく顔を乗り出した。絵的には唇が触れそうなくらい近づいていた。

「新しい居城を探しに行ってきた」

「なんと、まさかあの噂の次元城に行ったのかい、それで居城としては上手く出来そうだったんかい?」

 エンデルクは残念そうに首を振る。店主が至近距離でも気にならないらしい。

「完全な無駄足だった。やはりああいう物(城)は自分で構想して最初から作らないと駄目だな」

「その割にはなんだか嬉しそうじゃね?」

「…」

 みつめあいながらも沈黙が二人を包む。

「因みにこのままキスしたらお前様は怒るかい?」

 勿論冗談のつもりで上野下野は顔をさらに近づけそう言う。

「…別に怒りはしないが、その対価はどうなるか…分かるか?」

「ええと…冗談を言ってスイマセンでした!」

 完全な蔑みの視線に耐えられず敬語になってしまう店主だった。


非常に気まずい時間が続いていた。

 用事は済んだ筈なのだが、エンデルクは何故か帰らずに店内の品々をつまらなそうに見回していた…無言で。

 店主も声を掛ける言葉が思いつかないまま、さりとて去るわけにもいかず室内に飾ってあった盆栽を適当につついていた。

「ああ、そういえば」

 盆栽を見ていて店主は思い出したことがあった。

「今度はテヌートも連れてきておくれ、あやつは庭師だから盆栽のこととかも相談したいしのぅ」

 テヌートというのはエンデルクのもう一人の供だ。

 エンデルクはそれでも沈黙を漂わせつつ。

「…そうだな」

 と、つまらなそうにそれだけ返答した。

(ああもう、商談は終わったんだから早く帰ればいいのにっ)

 店主は自らが招いた空気にも関わらずそんなことを思っていた。

「こんにちは~♪」

 その時だった、店先の扉が開いて一人の少女が現れたのは。

 年の頃なら十四~五くらい、緑色の長い髪を降ろし、華奢な体躯にはいつものメイド服、ではなく民族衣装にあるような文様を施した緑のワンピースを身に着けていた。

 羽根のようなその小さな少女は赤茶色のくりくりとした瞳をエンデルクに向けてから

「しもつけさまもこんにちはです♪おからだの具合はいかがですか?」

 と言って店主に頭を垂れた。

「おおお、ルー嬢ちゃんじゃないかっ今日もめんこいのぅ、儂は今日も元気じゃぞ?いつも気にかけてくれてホントええこじゃ、そうだ飴をあげよう」

 懐からのど飴を取り出すと店主はそれをルーシアに手渡す。

「わぁい♪ありがとうございますっ、でもどうしてフルーツの、のどあめなのですか?」

 小首を傾げるルーシア、小動物みたいでとても愛らしい。

「ああ、接客時にのどの調子が悪くてもいかんから、のど飴はいつも持っておるのじゃよ」

「なるほどです、勉強になります」

「ほっほっほっ、それにしてもルー嬢ちゃんは今日は休みと聞いたがどうしてここに?」

「はいっ、今日はおやすみなのですが、エンデルクさまがこの前のご褒美にとおしょくじとおかいものにいっしょに来てくれることになったのです♪でーとですよ、でーと♪」

 心底嬉しそうなルーシアを眺めてから、店主はエンデルクを見やる。

 エンデルクはややばつの悪そうな表情をしていた。

「なるほど、それは良かったなぁ、エンデルク様よ」

「…だから、問題無いと言ったのだ」

 思った以上にエンデルクもこの世界に来て、いい方向に変わったのかもなと店主は感心した。

 最初に会った頃の印象としては、自分以外は長く付き従っていた供でさえも全て物や駒に思っているようだったから…

「しもつけさまも来られますか?」

 デートと自分で言ったのにルーシアがまさかの提案をしてきた。

「おい」

「ははは、儂は遠慮しておくよ、それとなルー嬢ちゃん。儂の名前は『こうずけしもつけ』でひとつなのでな、一部だけ使って仇名とするなら『しもちゃん』とでも呼んでおくれ…美少女に『しもちゃん』とか言わせるなど本当にゾクゾクするのぅ」

「…おい」

 エンデルクがうんざりしたのかルーシアの手を取った。

「さっさと行くぞ、それでは店主、また来るぞ」

「はいぃ、こうずけしもつけさまもごきげんようですぅ」

 どうやら『しもちゃん』はお気に召さなかったらしく、ルーシアはエンデルクに引きずられる様にして去っていった。

「さて、儂も飯でも作ろうかの」

 独り言ちて上野下野は奥の台所に向かうのだった。

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