第35話 お姉ちゃん
それから。
私が目を覚ました時には、既にヴァケット城に戻ってきた後だった。
私は包帯ぐるぐる巻きにされて、涼しい……どころか寒いくらい冷え切った部屋に寝かされていた。
「お目覚めですね。皆さまをお呼びして参ります」
「あっ……」
リッカさんがひとり居て。私に気付くと綺麗な所作で部屋から出ていった。
★★★
「愛歌!」
「姉さま!」
「うおっ」
ドタドタと。
ゴートさまの声に被せて、さらにゴートさまを抜かして。
まずとにかくキーラさんが、私に突っ込んできた。
「うわああーーん! 良かったですわーー!」
この人は本気で本心から。本当に私を好いてくれている。それが分かる。だから私も大好きだ。
「あ……」
「きゃーー! 動いてはいけませんわよ!」
私の腕は。ぷるぷると震えて動かなかった。ちらりと包帯の隙間から肌が見える。赤黒く変色していた。これが、焔摩の症状。
「気分はどうだ。喉乾いていないか」
「はい。少し」
「薬水だ」
「ありがとうございます」
ゴートさまから湯呑みを貰おうとするけど、受け取れなかった。動かない。
「もーーゴート兄さま? そこはゴート兄さまが飲ませて差し上げるんですわよ」
「む……」
まごつくゴートさま。
メリィが、そのゴートさまから湯呑みを奪った。
「貸してください。『それ』は後で。今は愛歌さまの喉が一番です。……口をお開けください」
「あー」
メリィに飲ませてもらう。優しい私の口の動きに合わせて。丁度良い所で、離してもらう。完璧だ。
「ほらベラ!」
「ぅ……っ」
「!」
やんややんやと。
キーラさんが手を引いて、おずおずと部屋に入ってきた。
ベラさん。
「…………その」
黒い……いや、光の加減で赤っぽくも見える髪。ショートヘアでパーマを当ててるみたいにふんわりしてる。青空のような綺麗な瞳。背格好はキーラさんと同じ……いや。
胸だけ。キーラさんより控えめだ。私よりは、少し大きいけど。少しね。
「ベラさん。もう大丈夫なんですか?」
「…………まあ。アンタのお陰で」
以前、侵入者が来た時とは違って、緊張してるみたいだった。目を合わせたり逸らしたり。
そんな仕草も、可愛らしいけど。
「侵入者の時。ありがとうございました」
「……あれは、あの時の『手持ち』だとアンタが破魔するのが一番結果出るなんて誰でも分かるし」
どん、とキーラさんに押されて。
「わっ」
「きゃっ」
ベラさんも私に突っ込んできた。
「あら、ごめんあそばせ?」
「キーラ……!」
「あはは。大丈夫ですよベラさん。もう既に一度抱き合った仲じゃないですか」
「…………」
近い。ああ美人だ。良いなあ。その目に私が映ってる。今日も目付き悪いなあ私。
「…………悪かった。迷惑掛けたよ。……昨日が、皆の命日だったから。大丈夫だと思ったんだ。ちょっと行って帰ってくるだけ。……20年振りに魔法なんて使うもんじゃないって分かった。どうにかシェパルドには着いたけど、魔法の制御が乱れた。アンタが居なけりゃ、わたしは死んでた」
「本当に、間に合って良かった」
「…………傷付けること、沢山言った」
「そんなの。全然大丈夫ですよ」
「…………敬語。要らないから」
「……分かった。ベラさん。これからよろしくね?」
「………………」
そう言うとベラさんは私から離れて。
「命の恩人なことと、兄さまとの結婚の件は別。……ま、ちょっとは認めてやるよ。愛歌さん」
「!」
私の名前を呼んでくれて、部屋から出ていった。
「照れてるんですのよ。新しい『お姉ちゃん』ができて」
キーラさんが嬉しそうに、ほっとしたようにそう言って。
私も嬉しくなった。
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