第34話 オネエチャン
「愛歌」
「はい」
もう分かった。私をここへ連れて来た理由。
これはあれだ。私が最初に、メリィにしてしまったこと。
術者の意に反した魔法操作は手元を狂わせる。ベラさんは今、望まぬ変身魔法で魔力の糸がこんがらがってるんだ。
「あのまま魔力を消費して切らすと、つまり『生身のまま』焔摩の月に照らされることになる」
「はい」
「頼む。妹を救ってくれ」
「ベラさん。初めまして、ですよね。宵宮愛歌です」
「………………」
視る。
うっ。複雑だ。黒と赤と、灰色と、黄色と。水色。今までの練習では扱ってない難易度だ。しかも今日は授業で何度か破魔をした後。私の余力も少ない。そして、一歩踏み外せば焔摩の獄炎天下。常に死が脳裏に過る世界。
「わたしヲ消シニ来テクレタノ」
「!」
ベラさんの羊の口から、くぐもった言葉が発せられた。何とか聞き取れるけど。
「消シテ」
「私は、ベラさんを助けに来ました」
「…………ヤメテ」
「どうして、ですか」
一気には解けない。
落ち着け。これまでの練習の成果を見せるんだ。出来る筈。ちゃんとやれば。
「ソレハ、『オネエチャン』ヲ殺シタ魔法ダカラ」
「!」
振り向く。キーラさん。
首を横に振る。キーラさんのことじゃない。
ああ。
「消シテ。助ケナイデ」
予想は当たってたらしい。
「…………リッカさん。前へ。行きます」
「はい」
一歩。番傘の陰に合わせて、踏み出す。
「………………ゴートさまには、既に許嫁が」
「ああ」
私の言葉を。答え合わせを。私の背後でゴートさま本人が、拾ってくれた。
「ハルフ。族長の娘だった」
ふらり。ベラさんがよろけて、その墓標が露わになる。彼女が縋り付いていた場所。族長の墓標の隣。
『オネエチャン』。
「アンタ」
「はい」
よろよろと。震えながら、脇腹から生えている手の指先が、私を差した。
「アンタハ、『オネエチャン』ノ代ワリニハナレナイ。ナラナイ」
多分。
よく、懐いていたんだ。ベラさんが大好きだったんだ。
ハルフさんは。
「…………ゴートさま」
「なんだ」
「私の破魔は、魔族を殺すものだったんですか」
訊く。
一番怖いことを。
「……魔族の身体は魔力でできている。だが、愛歌の破魔では不可能だ。魔族の身体を消すレベルになると、それは『
冷静な解答。一先ず。ほっとする。けど。
私の力は、『それ』に繋がっているということ。
「ベラ。愛歌はここを滅ぼした人間達とは違う」
「………………」
ボロボロと。
大粒の涙は止まらない。
きっとベラさんも、本心では分かっているんだ。
「兄サマハ『オネエチャン』ヲ捨テタ」
「違う」
「嘘ダ。コノ人間ノ前ダカラッテ嘘ツカナイデ。兄サマト『オネエチャン』ハオ互イ愛シ合ッテタ」
「…………」
「ソレハ事実デショウ!?」
刺さる。
私の心に。
予想してたけど。覚悟してた、つもりだけど。
ゴートさまには既にお相手が居て。何らかの理由――この件でそのお相手が亡くなって。
私に一切手を出さなかったのは、その人を忘れられないから、なんじゃないかって。
「…………ああ」
「!」
ぞわり。背筋が凍る。私は結局。
破魔というだけで連れて来られた。
「だが、今は違う。俺の妻は愛歌ひとりだ」
「…………!」
どくん。心臓が跳ね上がる。
「
「……!」
同時に。ベラさんの涙が加速する。
「あっ」
たまらず駆け出した。
「魔妃さま!?」
リッカさんの反応は間に合わない。私は焔摩の月に晒された。
「ああっ!!」
死ぬ。
痛い。熱い。絶対66度どころじゃない。焼ける。灼ける。切れる。焦げる。肌が煙を上げて。
「ナッ!」
ようやくベラさんに抱き着けた。
「近ヅクナ人間! 死ヌゾ!」
「近く……じゃないと! 破魔、できな、い! から! あぁっ!」
視る。
解く。必ず。
ああ焼ける。目が枯れる。喉が焼ける。息ができない。一瞬で干からびる。死ぬ。
「ベラ!!」
「!」
リッカさんが追い付いて、私達に番傘を差してくれた。と同時に。
キーラさんが、私達ふたりを上から覆いかぶさるように抱き締めた。
「……キーラッ!?」
解け始める。ようやく。取り敢えず顔だけ。ベラさんのヒトの顔。やっぱり美人だ。目も大きくて。
「……姉さまを付けなさい。ベラ」
駄目だ熱い。意識が。
「ベラ。あなたはこのまま放っておくと魔力切れと焔摩の月光によって数時間で死にます」
「……!」
本当に、間に合って良かった……。
「対して今の愛歌姉さまは。魔力無しの人間の身体で焔摩を浴びました。数分で死にます」
「!」
こらえろ。あと少し。全て破魔し切る。
「ベラ。……もし今、ハルフ……姉さまが。この場に居たら。愛歌姉さまと同じように、我が身など省みずにあなたを抱き締めた筈ですわよ」
「………………!」
ベラさんの涙が。
風船のように膨らんで。
「うっ」
弾けた。
「あああああ〜〜〜〜っ!」
解けた。
もう、死ぬ。私は。
完全にヒトの姿になったベラさんをひと目だけ視界に入れて。彼女の可愛らしい泣き声を聴きながら、意識を手放した。
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