第31話 城の外へ
「ベラさまがお部屋から消えました……!」
それは。
いつものチェルカ先生との授業が終わった後。そろそろ昼食だなと思いながら、襖の向こうから聴こえるゴートさまの筆を走らせる音を楽しんでいた時。
ベラさん付きの侍女悪魔さんが、ゴートさまの執務室(私の居る部屋の隣)に報告に駆け込んできた。
「あのっ……。い、いつものように遅めの朝食をお運びした時には既に居らっしゃらず。お呼びしても返事が無いのはいつものことですが、窓の軋む音が聴こえて……。窓が開いているとすぐに思いました。お声を掛けて襖を開けると、ベラさまは居らっしゃいませんでした」
息を整えながら報告する侍女悪魔さん。
「………………メリィ」
「はい……」
呼ばれて、メリィが私の側から離れて執務室へ入る。開けられた襖の間からちらりとゴートさまが見えた。
もう知ってる。分かる。冷静に努めようとして、焦っている表情だ。
「『今のベラは焔摩の月に長時間耐えられない』。そうだな?」
「はい……」
そうなんだ。私と同じ?
魔族なのに……? じゃあなんで外へ?
私まだ、お顔も見たことないんだよ。ベラさん。皆との食事の時もいつも居ないし。
「……行き先は『あそこ』か」
「恐らくは……。すぐに警護を向かわせますか……?」
「いや。俺が行こう。残りの仕事はキーラに頼んでくれ。褒美は便宜を図ると」
「かしこまりました……」
「それと……。仕方ない。ソウたんを呼べ」
出掛けるのかな。
「かしこまりました……。愛歌さまは……」
「…………連れて行く」
「えっ」
スパン。
軽快な音。襖が開けられた。
「ゴートさま」
「頼む。俺の家族の為に、お前の力を貸してくれ。愛歌」
「!」
事情は知らない。ベラさんには会ったこともない。けど。
「愛歌さま。危険です。よりによって焔摩の月に外出など……」
「行きます」
ゴートさまが私を頼ってくれるのは初めてだ。『頼む』なんて。初めてだ。
私は即答した。
★★★
「許しませんわ! ワタシも行きます!」
「キーラ……」
「ゴート兄さまが、愛歌姉さまを連れて行って、今のベラを説得できるとでもお思い?」
「むっ……。だが、愛歌は必要だ。ベラは今――」
「ですから! ワタシも必要だと進言しています!」
早速。私の為に駕籠を用意してもらっている間に。
城の広間に、キーラさんが飛んできて、ゴートさまに飛び付いた。
「…………そうか。そう、だな」
口籠るゴートさま。
そこへ、呼ばれてやってきたソウたん君と、何故かリッカさんも広間へ入ってきた。
「ゴート! おれの魔法が要るのか!?」
「ああ。ついでに約束も果たそう。付いてきてくれ。俺の妹が行方不明になった」
「任せろ!」
ぴょんと飛び跳ねて元気なソウたん君。どんな魔法を使うんだろう。
「……お前はリッカだな。どうした?」
「駕籠で日中の月光を遮れるとは言え、目に見えない有害物質は貫通し、少量であっても魔妃さまの身体を蝕みます。加えて、現在外の気温は66度。本日の予想では最高83度まで上がります。魔力の無い人間は有害物質が無くとも耐えきれません。そこで私の傘と魔法で魔妃さまをお守りいたします。城にはミズカが残るので、問題ないかと思います」
66度! 83度!? ひぇぇ……。リッカさん達のお陰でお城に居れば感じなかったけど。外はそんなことになってるんだ。それはヤバい。
「分かった。頼む」
「お任せください。魔王さま」
にこりと、私に笑い掛けてくれた。相変わらず和やかで綺麗な人だ。
「では決まりましたわね! さーー乗ってくださいまし! 愛歌姉さま、メリィ、ソウたん、リッカさん!」
キーラさんの掛け声で、私達は駕籠に乗る。少し狭い。4人乗ったらもうぎゅうぎゅうだ。メリィも、私の為に付いて来てくれるんだ。
「ではゴート兄さま」
「ああ。そっちは頼んだぞキーラ」
えっ。どうするんだろ。ていうかどうやって駕籠を――
「【豬ョ驕企ュ疲ウ】……」
「!」
キーラさんが何か唱えた。外国語……いや、魔界語? 耳慣れない。聞き取れない。
すると、ふわり。
私達を乗せた駕籠が、おヘソの高さくらいまで浮遊した。
「バクラ兄さま! 城のことは一時頼みましたわよっ!」
「【霄ォ菴灘シキ蛹夜ュ疲ウ】!」
続いて、ゴートさまも。魔法を『発動させる』瞬間って、確かに初めて立ち会うかも。何か唱えるんだ。呪文を。
「わっ」
ズドン。
凄い勢いで、駕籠が走り出した。いや、射出されたように。
先頭にゴートさま。後ろにキーラさん。ふたりで、駕籠を操って『発進』した。
「すげえ! 行けーっ!」
「あんまり暴れないでください……」
興奮するソウたん君に、冷静なメリィ。
あっという間に城門を抜けて、焔摩の月が高く登る外の世界へ。
飛び出した。
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