第30話 襖一枚隔てた夫婦

「う…………っ」


 完全に。とびっきり快適になったお城。


 照明の魔法は、色んな魔族が使える基礎的な魔法のひとつだ。これが城のあちこちにあって、夜でも廊下が暗くない。


 そのひとつを。破魔する練習。


「その調子です。集中を切らさないように」


 複雑な魔法は、その分魔力の糸が複雑に絡み合っている。ひとつひとつ丁寧に解いていかなきゃ、失敗する。実家の電視台テレビ周りもこんな感じだったなあ。


「あっ」


 パッ。

 照明が消えた。よし。破魔成功。


「お見事です。……気分はいかがですか?」

「大丈夫……です。ちょっと、疲れましたが」


 どさり。

 足元がふらついて、転けるように椅子に座り直した。危ない危ない……。


「では、本日はここまで。お疲れさまでした。愛歌さま」

「はい。ありがとうございました。先生」


 先生が退室する。メリィがお茶を持ってきてくれる。荒沙羅じゃなくて、別の茶葉だ。最近のお気に入り。


「…………ふう」

「愛歌さま。本日は3度も破魔を行いました。もう休まれた方が」

「うーん……」


 因みに。

 ここはいつもの教室じゃない。

 襖を隔てた向こうは、ゴートさまの執務室だ。正に目と鼻の先にゴートさまが居る。ゴートさまの仰った『お前を決して離さない。もう決して(美化)』が実行されている。


 因みに因みに昨日も、何もありませんでした。私だけ眠っちゃって。多分ゴートさまは寝てない。

 そりゃ、呪いがあるうちは子供を授かることはできないけどさ。

 もうちょっと、段階を、さあ。


「じゃあちょっと。……正直、ちょっとだけふらふらするし。お昼寝しよっかな」

「かしこまりました。ご用意いたします」

「ありがとう」


 とにかく。


 破魔は疲れる。最初と比べて結構慣れてきたけど。やっぱり疲れる。身体というか、精神? なんだかどっと疲れるのだ。

 先生が言うには、元々魔力ゼロの身体で、魔界での呼吸と食事だけで体内に留まった微量な魔力(魔素と言う)を使って行うから、魔族でいうと常に魔力切れ寸前のような症状らしい。


 魔族も魔力が切れると気絶するんだって。私と同じだ。


 人間は体内で魔力を生産できないからなあ。破魔とか魔力視の才能があっても、これがネックだよね。私も魔族だったら楽だったのに。


「大丈夫か?」

「ゴートさま」


 不意にゴートさまが襖を開けてきた。私は寝衣に着替えるところで。


「む」

「あっ」


 つまりハダカだった。


「すぐに閉めてください……。急に開けないでください……。いくら魔妃さま相手でも、最低限の礼儀はありますよゴートさま……」

「すまん」


 タパーン。

 ちょっと強めに襖が閉じられた。あのゴートさまが。


「……ああいうところは成長しませんね……。……愛歌さま?」


 焦ったのかな。


「ゴートさまも、女性わたしの裸は恥ずかしいのかな? それとも私を気遣っただけ?」

「…………それは、愛歌さまが今後、ご自身でお確かめください……」

「むぅ……」


 下着姿で隣に居たことはあったけど。あれもどうだったんだろう。

 私は正直、隙を晒し続けてる。でも、彼は全く反応してない……ように見える。触っても来ないし。夫婦なんだから別に悪いことないのに。


 それは私に魅力が無いと思ってた。破魔のことがあるから私を嫁にしただけで。強力な子を授かるために人間を嫁にしただけで。私の、『女』としての魅力はゴートさまに対して発揮されていないと。


 思ってた……けど。


「あの、ゴートさま」


 襖の向こうに、少し音量を上げて話し掛ける。


「なんだ?」


 返事が返ってくる。その声音はもう焦りを消していた。冷静だ。クール。


「やっぱり、夜。一緒に寝ませんか?」

「!」


 即答……は無かった。

 手応え、あり?

 不意打ち成功?


 うへへ……。

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