第32話 20年前の悲劇

 月、とは。衛星のことだ。魔界は、『魔界の大地が一番大きい』らしく、恒星の周りを回っている訳じゃない。魔界の月は日中に日の下の太陽と同じくらい明るく魔界の大地を照らす。これも広義では魔法らしい。


 夜には別の月が登る。……まあこれについてはまた今度で良いかな。


「ベラさまは、私達ケプラホルンの故郷であるシェパルド滅亡のことを、ずっと悲しんでおられます……」


 風のように駆けていく駕籠。舗装道路なんてないのに、全然揺れない。都からヴァケット領へ来る時にはめちゃんこ揺れたのに。中は狭いけれど、リッカさんのお陰で涼しくて快適だ。

 キーラさんが、『飛ぶ』魔法を使って。ゴートさまが身体能力を上げる魔法で『引っ張って』走っているらしい。凄すぎる。


 その間に、メリィからベラさんのことについて聞いていた。


「……20年前の第一次南北魔王戦争末期の。……お話は幽原列島まで届いております」


 リッカさんが補足。その戦争はチェルカ先生の授業でも少しだけやった。その最中、20年前なんだ……。戦争に巻き込まれたのかな。ええと、当時ゴートさまが17歳で、ベラさんは5歳、か。


「20年前っておれ生まれてないじゃん」

「ソウたん! 駕籠の屋根に登れるか!?」

「おっ。おれの出番か。よし!」


 ソウたん君がゴートさまに呼ばれて、駕籠から出てよじよじと登っていった。


「ふうっ。ちょっと休憩ですわ」


 代わりに、キーラさんが入ってきた。


「――ワタシ達は皆、前を向いて生きると決めました。過去を悔やんでも塞ぎ込んでも死者は蘇らない。自分の気持ちも沈んだまま。どこかで上を向こうと決めなければどこにも進み出せませんわ」


 中の話が聴こえてたみたい。

 キーラさんは、ハキハキとした女性だ。芯を持ってる。辛いことがあったのに、それを感じさせない明るさがある。


「……ベラは、その『切っ掛け』を掴み損ねたまま、今日まで来ましたの。……そこへ、愛歌姉さまという『人間の魔妃』の登場。……心が絡まって、ついに今日爆発したのでしょう」

「………………私」


 私だ。

 繊細なケプラホルンに、土足で入り込んだのは。


 それが意味することは。


「ああ、お待ちに。愛歌姉さまには何ひとつ非はありませんわ。そんなの当たり前。問題はベラの気の持ちようですから」

「…………でも」


 私はここに、

 踏み込んで良いのかな。


「では、シェパルド跡地に向かっているのですね」

「はい……。あそこはあれから、領主さまの手によって墓地になりました。わたくし達を別の村で受け入れていただける提案もしてくださいましたが、その頃には既にヴァケット前領主さまの元で新生活を始めておりました……」


 シェパルド。

 ケプラホルンの故郷。ゴートさま達の。


「ヴァケットからシェパルドは少なくとも山をふたつ越えなければなりませんよね。この獄炎天下。ベラ魔妹さまは途中で力尽きるのでは」

「いいえ。ベラの魔法があれば山など、ひとつふたつどころか十も二十も関係ありませんわ。だから急いでいるんですの」


 リッカさんの疑問にキーラさんが答える。そんな凄い魔法を使えるんだ。


「……そう。本来誰より自由なんですのよ。あの子は」


 そして、ぽつり。ひとり言だ。ちらりと外の様子を気にしたキーラさん。


「うおおお! 狐火きつねびィ! の! 篝火かがりびィ!」


 外から。性格には天井の上から、ソウたん君の声が聴こえた。どんな魔法なんだろう。この件が解決したら。いや、焔摩の月が明けたら。皆の魔法、見せてもらいたいな。


 ただ乗ってるだけの時間。そんなことを考えていた。

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