第25話 仕事ばかりの魔王
ふたりは合図と同時に急接近して、竹刀を振り回して剣戟を始めた。型も何も分からない私は、何がどうなってるかも分からない。
ガンガンと、撃ち合う激しい音。
「ど、どっちが強いの……?」
「『剣術のみ』なら……バクラさまでしょうね。戦場に居た時間が違い過ぎます。……まあ、本来『魔王』に戦闘能力は不必要なのでそれで問題ないのすが……」
チェルカ先生の授業で知ってる。最初こそ、個性豊かで好戦的な種族の多い魔族達を統率するのに、魔王には武力が必要だったけど。
現代では、魔王とは王、つまり政治家。政治家に戦闘能力は必要ない。と。そういう考えにシフトしていってる。とはいえ各地の魔王はまだ戦闘能力を重視している……というか、文化的に『魔王とは統べる大地で最も強い魔族』という価値観が深く根付いてる。これは以前メリィからも聞いたっけ。
でも、王としての執務に追われていると、どうしても鍛錬の時間は取れないよね。あんなに忙しそうにしてるの私は知ってるし。対してバクラさんは毎日のように鍛錬していて。
「先進的な大国であれば、人材も豊富なので戦闘能力が皆無な魔王も居ます……。まだごく少数ですが……」
「うん。けど、ウチは違う。大国と同じような政治家の激務をしつつ、さらに自分で軍を指揮しなきゃいけないんだよね……」
「ゴートさまは、大陸中に名が広まるほど魔法の才に秀でています……。にも関わらず、事務仕事続きで鈍ってなお、バクラさまに肉薄する体術。……本来は、武官……将軍の器なのです……」
「……!」
わっ、と。会場が沸いた。何か会心の一打でも入ったんだろうか。私は目で追えないけど。
どたり。
魔王さまが尻もちを着いた。
「そこまでっ!」
行司さんが叫ぶ。どうやら終わったらしい。
「はぁっ。……危ねえ。ずっと座ってるだけのくせに何でこんなに強えままなんだよゴート」
「いや……。相当鈍ってるな。時間を見付けてまた鍛え直さねば」
ふたりとも、凄い滝のように汗をかいている。真剣勝負だったんだ。
バクラさんが手を差し出して、魔王さまも立ち上がった。
で、こっちを見た。
わ。目が合った。汗だくの上半身裸の魔王さま。
うわわ……。
「……愛歌まで見に来ていたのか。恥ずかしい所を見られてしまったな」
その後、行司の人の合図でお互いに礼をして。
試合終了。
「バクラさまぁん!」
「うおっ! 来るな! 引っ付くなって!」
「あたしは信じておりましたわぁん!」
「馬鹿、汗と土付くぞ! 汚えだろ!」
「そんなことありませんよぅ! 素晴らしい太刀捌きでしたぁ!」
即座におサキちゃんが、バクラさんに躍りかかっていった。
「ふぅ……」
「ま」
魔王さまが。こっちへ来た。
「ゴート! 負けんなよー! 魔法使えたら勝ってただろ!」
「これは剣術の勘を取り戻す稽古だ。勝敗はあまり関係ない……。いや、負けた手前は格好が付かないな」
ソウたん君が悔しそうに言う。キュービの双子はそれぞれ『推し』が違うんだなあ。
「お疲れ様です。魔王さま」
「愛歌」
かっこいい。
なんだろ。
凄く魅力的に見える。いつもよりも。
「そうだ! 魔妃に慰めてもらえよ! なあゴート!」
「え」
「!」
ソウたん君が。
爆弾発言を。
「…………」
「…………」
しん、と静まり返る。うむむ。こういう時どうすれば。私か魔王さまが何か言わないと場が固まったままだ。
「……あの。魔王さま」
「なんだ?」
言っちゃえ。
「…………お忙しいのは、分かってるんですけど。その……もう少しだけでも、魔王さまとのお時間、取れないかなって……。思ってまして……。あっ。いや……」
言ってる最中に急激に熱くなった。駄目だ恥ずかしい。皆が見てる。聞いてる。
セリフ選び間違えたかもしれない。
「……魔王さまは魔妃さまとのお時間を作っていないのか?」
「それで魔妃さまは直談判を……?」
「魔王さま……」
「まあウチの魔王さまって女より仕事って感じだもんなあ」
「魔妃さま可哀想……」
ざわり。周囲から憶測が飛び交う。
「そーーですわ!」
「!」
パン。
キーラさんが手を叩いて注目を集めた。
「ゴート兄さま! 兄さまはお仕事ばかりで最近愛歌姉さまを放ったらかしではなくて!?」
「!」
「なっ」
ビシリ!
指を差す。
「今日はもうお疲れでしょう。寝室で! ごゆっくり! 夫婦水入らずで! ……お休みあそばせ!?」
「…………!」
ドン!
って聴こえた気がした。
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