第23話 人間の優しい手

「なっ! だっ! ……駄目だろ! おれは男湯だ!! 馬鹿!」


 そう、慌てた様子で叫び、男湯の方へ突撃していったのはソウたん君。


「えっ。大丈夫かな……」

「愛歌さま。男性の侍従を付けます……」

「うん。お願い」


 10歳くらいだよね。別に、一緒で良いんじゃないかなって思っちゃったけど。


「おねぇさま。おねぇさま」

「え?」


 その様子を見ていたおサキちゃんが、私の裾を引いた。


「ソウたんは普通に余裕でドエロガキですぅ。いくら人間異種族とはいえ、おねぇさまのような大人の女性とご同伴する訳にはいきませんよぉ」

「え……」


 そうだったっけ。ウチの弟達……。

 いや、あれは私が家族だからか?


「まあいいか……って。『おねぇさま』?」

「はぁい。おねぇさまっ」


 おサキちゃんは尻尾をぷるんと震わせて、手を合わせた。


「魔王さまの魔妃さまということは、魔弟さまであるバクラさまのおねぇさま……。つまりはあたしの未来の旦那さまのおねぇさま……。あたしのおねぇさまですぅ!」

「うっ……」


 媚びている!

 でも!


 可愛い!


 ちっちゃな口から八重歯……いや牙が見える。可愛いなあこの子。ふわっふわで。くりっくりで。ブリンブリンだ。

 しかも。

 自分が可愛いということと、それを武器に使えることを『知ってる』感じだ。

 したたか。流石魔姫。


「こちらのお方はぁ?」

「あっ。うん。私に付いてくれてる、侍女悪魔のメリィ。魔王さまと同じケプラホルンで、この城で2番目に強いんだって」

「あれはゴートさまの過大評価ですが……。よろしくお願いいたします……。おサキさま」

「よろしくお願いしますぅ」


 するりと汚れた衣服を脱ぎ捨てて、ぺこりと挨拶をしたおサキちゃん。振り向いて、浴室へ。


 尻尾が、大きいんだよね。後ろから見ると尻尾しか見えない。ふくらんだ尻尾が9本、花が咲いているように広がってる。






★★★






 ざばり。


 丁寧に尻尾の1本1本を洗ってあげて。一緒にお湯に浸かる。


「ぷはっ。あぁ。気持ちよかったぁ」

「良かった。こういう、尻尾とかって洗った経験無いから」

「日の下には魔族は居ないんですもんねぇ。優しい手付きで、夢見心地でしたぁ」


 ふわっふわの柔らかい毛並み。洗ってるこっちが気持ちよかったなあ。


「おサキちゃん達は、これからどうするの?」

「えぇと……。最終目標は故郷でイナリ国を再興することですけどぉ。その為には人も資金も土地もありませんしぃ。あたし達には知識も武力もコネクションもありませんしぃ。まずはぁ、『ソウたんが強くなること』『あたしが各国魔王とのコネクションを作ること』が思い付く最善の手段ですねぇ」


 亡国の再興。

 一体どれくらいの困難があるのか、想像もできない。

 ケプラホルンの里も滅ぼされたんだよね。悲しすぎない? 魔界。

 いや、これが魔界の日常なんだ。きっと。滅ぼし、滅ぼされ。国が興り、消える。毎日毎年のように。

 これが魔界の戦国時代。


「そしてその間、この領地で匿ってもらうことぉ……ですが。ヴァケットも決して豊かではありませんからぁ……。あたし達は『客』じゃなくてぇ、ヴァケット領の為にきちんと働きますぅ」

「…………そう」


 ヴァケット領も豊かじゃない。私は初日以降、城から出たことが無いから実感は無いけど。人材不足なのは魔王さまからも聞いてる。こんな小さな子にも、仕事を。


「という訳でぇ。ソウたんはゴートさまかバクラさまに付いて軍へ。あたしはキーラさまに付いて外交を。それぞれ師と仰ぐことになると思いますぅ。……本当はバクラさまとご一緒したいですけどぉ」


 私の膝の上に、やってきたおサキちゃん。可愛い。ふりふりと水中で動く尻尾がくすぐったい。とってもキュートで。

 でも、幼い顔に陰があって。細い身体は儚くて。

 亡国の魔姫。


「…………おサキちゃん」

「はぁい」

「私は、何もできないけど。応援するよ。ずっと願ってる。ふたりが、目的を達成できるようにって」

「あははぁ。おねぇさまはあたしの身体を洗ってくれましたよぉ。人間の、優しい手で。充分ですぅ」

「………………うん。じゃあここに居る間は、いつでも洗ったげるね」

「やったぁ! 亡き母にも、よく洗って貰ってたんですぅ」


 抱き締めた。

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