第17話 鬼の侵入者

 魔族は、人間と違う。多分考え方も、戦い方も、戦争のやり方も。


「誰ですか?」

「!」


 メリィが、襖を睨んだ。私は全く気付かなかった。

 誰か居る。メリィがじわり立ち上がって、私を庇うように立つ。


 息を飲む。緊張が、部屋全体にピンと張られる。


「メリィ?」

「! ……キーラさま……?」


 キーラさんの声が、襖の向こうからした。良かった。そりゃここは王族居住区画なんだから。キーラさんが居るのは普通だ。何か私に用があったのかな。


「逃げ……」

「!?」


 ドカン。

 襖を勢いよく破って、キーラさんが部屋へ飛び込んできた。


 違う。


 吹き飛ばされてきた。


「逃さねえよ。すーーーーっ。はぁぁあーー」


 男の人の声。深呼吸?

 見えたのは、真っ赤な肌と、小さな2本の角。鬼のような外見で、急所のみを薄い鉄板で覆った軽い鎧姿。

 勿論朝に見たヴァケット領の兵装じゃない。


「人間の匂いだ」


 深く息を吐き終えてから。私に、視線が向けられた。


「お下がりください……!」


 同時に、遮られた。メリィが戦闘態勢に入った。腕と脚の変身が解かれて、その部分だけ獣の四肢になる。羊のような毛並み。もこもこの尻尾まで、お尻から生えてくる。


「戦闘メイドか。お前もケプラホルンだな。人間が1匹と、絶滅種ケプラホルンのメスが2匹。高く売れるなあ」


 獣のように低い態勢で構えるメリィ。それを見ても全く怯む様子の無い侵入者。


「それも王族だ。知ってるぞ。『嘲笑い飛び回るあか羊姫ひつじひめ』キーラと、お前は『紫煙にまぎれるひづめの暗殺者』メリィだろう。噂通りか確かめてやる」


 私は動けない。動かなくてはならないのに。動け。


「シッ!」


 メリィが飛び掛かる。武器はナイフだ。敵の喉を目掛けてひと突き。


「ふん」


 避けられた。同時に右手を掴まれる。敵の拳が、メリィの腹に迫る。


 動け。






★★★






「まずこっち」

「!?」


 ドカン。大きな音。鬼とメリィが衝突して、床が抜けたんだ。部屋から居なくなった。

 それに気付く前に。誰かに頭を掴まれた。強い。首が回る。


 視線は――部屋の壁にぶつかって、うつ伏せに倒れているキーラさん。


「オーガ種は肉体強化魔法が得意な筈だけど、キーラがやられたのは『麻痺』の魔法。あんたがまずやるべきはその解除」

「…………!?」


 女の人の声。後ろに居る。頭はキーラさんへ向けて固定されていて、その姿は見えない。


「………………!」


 そうだ。キーラさんは無事なのか。敵にやられた。酷い。

 オレンジがかった黄色い、電気のような魔力が、キーラさんに纏わり付いていた。

 これを、破る。


「…………ぶはぁっ!」


 うっ。貧血……。いや魔力切れ……。

 けど、破れた筈。キーラさんが息を吹き返したように飛び起きたから。


「助かりましたわ愛歌姉さま! あンの赤鬼、ぜーーったいに許しませんっ!!」

「あっ」


 キーラさんは私にウインクして、すぐに窓から飛び降りた。

 戦うんだ。彼女。


「あれ」


 気付くと、私は自由になってきた。後ろを振り向く。誰も居ない。

 あの声は。あの人は……。


 ドカン。


「!」


 階下から、爆発音。お庭の方だ。窓から身を乗り出す。


「オーーホッホッホ!!」

「うおお!? クソがっ!」


 鬼とメリィが、格闘していた。その横から、キーラさんが飛び蹴りを食らわせている。キーラさんも既に、手足を獣に変身させた戦闘形態だ。


「2対1……!」


 まだ、私もできる。まだ気絶しない。あの赤鬼が魔法を使おうとした時、もう一度破魔を。


「違う。こっち」

「えっ!」


 また、頭を掴まれた。さっきは急で分からなかったけど。ふわふわの動物の手だ。もしかして、ケプラホルン?


「もう1体居る。レッドオーガは囮。……恐らくブルーオーガ。麻痺もこっち。透明化の魔法で隠れてる。城に侵入したのもこの魔法の筈。……探して」

「…………はいっ!」


 知らない人。分からないけど、味方だ。私はこれ以上外に身を乗り出すと火の月に焼かれる。あのお庭のどこかにもうひとりの鬼……。


「見付けた!」

「消して」


 居た。視える。っていうか、探す必要も無いくらい分かりやすい。けど、私にしか視えてないってこと。


「…………ぅぅっ!」


 連続での破魔。透明化は白と黒の糸。解くのは簡単だった。ここは6階。距離があっても、私の視界に入って認識できていれば関係無く破れるらしい。


「!? 何故だ!? 透明化が……っ!」


 青鬼がメリィに見付かってナイフを刺されたのを見届けて。

 私は意識を手放した。

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