第16話 戦争の火種

 私は、戦争を知らない。経験したのは、私の祖父母の世代だ。子供の頃からよく話は聞いていて。戦争は良くないものだと、叩き込まれて育ってきた。


「………………」


 居ても立っても居られない。けど、魔王さまから、居住区画から出るなと言われている。それでなくとも、私は火の月の出てる今、屋外には出られない。


 私にできることは。


「ねえメリィ」

「はい」


 多くない。


「教えて」

「はい……?」


 言い付けを破り、外へ飛び出して。変身したメリィの背に乗って戦場へ。魔王さまの元へ――


 そんなことを行動に移せるほど、私はもう若くない。


 そして。

 祈るだけ、待つだけ、守られるだけの女はもっと嫌。私のこの性格は、この歳まで結婚できなかった原因でもあるけど。


 私はもう、魔妃なんだから。


「相手国のこと。お互いの戦力。状況。背後関係。利害関係。周辺国について。……メリィの知っていること、全部」

「!」


 城の中でさえ、安全とは言い切れない。魔王さまは暗にそう言ったんだ。それは、私の嫁入りを快く思わない派閥の要人への警戒。魔王さまの居ないこの機に乗じて私へ危害を加えようとする者が城の中に居るということ。

 と同時に。

 魔王さまが城を空けることで機があるのは、相手国もだ。

 手薄になったヴァケット城へ忍び込み、要人暗殺を目論む敵国軍人が迫っていても不思議じゃない。


 この魔界で。

 この世界で、


「……かしこまりました。では、地図と資料をお持ちいたします……」


 備えなければならない。自分の身を守る為に。私はこの領地の魔妃。私に万が一があった時、危険に晒されるのは私だけじゃない。

 私の命はもう、私と家族だけの問題じゃなくなっているんだから。






★★★






 メリィは、他の侍女悪魔に命じて資料を用意した。あくまで、彼女自身は私の側から離れない。

 ありがたい。


「キーラさんと、ベラさん? は大丈夫なのかな」

「はい。おふたりにも、信頼できる護衛悪魔が付いています……。キーラさまは武闘派でもありますので、まず心配は無いかと思います……」

「そっか。ありがとう」


 ちゃぶ台の上に、資料を広げる。魔界の地図は、チェルカ先生の授業でも見た。


「これは大陸地図……。そしてアンフェール地方地図……。こちらがヴァケット領周辺地図です……」


 魔界は広い。7つの大陸、1000を超える国々。ヴァケット領の周囲に隣接しているのは、5ヶ国もある。


「今回ヴァケットと睨み合うこととなったのは、南西の国境……。相手は隣接国ペザンではなく、こちらの、もっと南の国……。ゲオルという小国の軍です」


 南。

 ヴァケット領は、東から南東に掛けて海に面している。大陸の端にある辺境だ。

 そこから、やや西よりの南側に。隣接国ペザンと、そのさらに南に、ゲオルがあった。


「ペザンとは、不可侵条約を結んでいましたが……。先代魔王が亡くなってから、国は一時傾きました。ゲオルの支援を受けて回復したようなので、今はゲオルの傘下に近いでしょう……」

「それが、ゲオル軍を素通りさせた理由ね」


 小国と言っても。当然のように、ヴァケット領よりは大きい。


「ゲオルの狙いは何?」

「…………それは……」


 メリィが、答えを言い淀んだ。私は地図へ向けていた視線を上げて、彼女を見る。


「…………?」


 彼女も、私を見ていた。


 ――城から出るな。いや、王族区画から出るな。メリィから離れるな――


「…………!」


 相手は国境に居るとすれば。日の下の感覚で言うと100キロ以上離れてるが、戦場になる心配はまずない。けれども、『私が危険に晒される可能性』を、魔王さまは口にした。それは、さっきの私の、ただの予想よりも『現実的』な筈だ。


「………………私?」

「…………」


 メリィは答えづらいようだった。その反応で、確定したようなものだ。


 弱小領地の魔王さまが、領地の為に、『誰にも渡したくなかった』


 そんなの。じゃあ。

 どの国も、が欲しいってことじゃないか。


「どこから漏れたのか……。ただの人間の花嫁ということだけで進軍することは考えられません……。恐らくは愛歌さまが破魔の瞳ということも、知られていると見て良いでしょう……」

「そんな……っ」


 私の存在が。

 争いの種になっている。


 駄目だ。受け止め切れない。

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