第15話 魔界戦国時代

 その日は、朝から慌ただしかった。城全体が、バタバタと。役人さん達が小走りで廊下を掛けていく。使用人達の表情にも焦りが見える。


「愛歌」

「魔王さま」


 チェルカ先生に、今日の授業は無しだと告げられて、部屋に戻ってきた時だった。魔王さまが、ふらりと現れた。


 窓の外を見る。

 バクラさんが、鞍の付いた黒い馬のような魔獣に乗って、城門から兵隊さんを連れて出ていく所だった。


 魔王さまに向き直る。


 いつもの着崩した浴衣じゃない。

 武者鎧に身を包んでいた。


 ここまでくれば、私でも分かる。


「…………戦争、ですか」

「ああ。南西の国境近くに、敵対国の軍が駐留しているらしい。しかも、その国の魔王まで確認されている。何が起こるか分からん。いつもならまずバクラに任せるが、今回は俺も出向く。……その魔王とは、少し因縁があってな」


 どくん。

 ぎゅっ。


 胸が締め付けられた。


 戦争。


「………………」


 言葉が出ない。私は何も知らない。その国のことも。この国のことも。戦争のことも。因縁も。今回の規模も。今後の予想も。危険度も。


「……難しいと思うが、そんなに心配そうな顔をするな」

「魔王さま」


 こういう時。


 魔妃として。取るべき態度と、掛けるべき言葉が。

 ある……筈なのに。


「城から出るな。いや、王族区画から出るな。メリィから離れるな。……良いな」

「ひっ……」


 私に危険は無い。なのに。

 これから戦場へ向かう魔王さまに逆に心配されて、抱きしめられた。


「すまん」

「……っ」


 硬い。冷たい。重い。こんな鎧を全身に着なくてはならないような状況に、これから。場所に、これから向かう人なんだ。


「…………魔王さま」

「大丈夫だ。愛歌」

「…………っ」

「愛歌」


 少し離れて。

 しゃがみこんでくれて。


 目が合った。


「森と山を越える。戦闘になれば恐らく1ヶ月は戻って来れない。だが、必ず戻る。約束だ」

「………魔王さま」

「大丈夫だ。心配するな。俺は……。この領はな。戦争ばかりしていたんだ。俺も、もう何十年も戦場へ出てる。武闘派の領だ。バクラも居る」

「………………はい」


 頭を撫でられた。優しく。無骨な篭手の上から。


 そして、再度目を合わせて、にこりと笑い掛けてくれた。


「メリィ」

「はい。魔王さま……」

「頼んだぞ」

「こちらは何の問題も心配もありません。武運長久をお祈り申し上げます……。いつも通り」

「ああ」


 最後に、メリィと短く言葉を交わして。


「バクラはもう出たか。いくさ好きのせっかちめ」


 そう、ぽつりと溢したと思ったら。


「あ」


 朱色のもやもやと共に、魔王さまの姿が消えた。






★★★






「愛歌さま……」

「はっ」


 しばらく、放心していた。メリィの言葉で、我に返る。


「メリィ」

「はい」

「…………大丈夫、だよね」


 頭が混乱している。縋るように訊ねる。


「絶対はありません……。魔界ではこのようなことは茶飯事ですから……」

「………………」


 まず。

 私が落ち着かなければならない。


「ふぅーーっ」


 まず、座る。既にメリィが淹れてくれていた、荒沙羅を飲み干す。


「…………私の国……麗華国リーファは、もう長いこと戦争はやってないんだ」


 落ち着かせるために。

 何か、喋ってないと。


 メリィは私の近くに来て、黙って耳を傾けてくれた。


「50年前に、日の下ヒノモト全体を巻き込んだ大戦おおいくさがあって。……いや、日の下の外も巻き込んで。麗華国は海外の国に敗けて、敗戦国になった。それからしばらく戦勝国の占領統治が続いて……一応独立はできたんだけどね」

「…………そうなのですか……」


 努めて、冷静になろうとしてる。

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