第10話 魔王の日常
暑い。
明日の朝まで何も予定が無いので、私は魔王さまのことが気になった。彼は今何をしているのだろう。いや忙しいとは思うんだけどさ。
それにしても暑い。この季節は日の下も魔界も変わらないんだなあ。
「魔王さまですか……。今の時間は講堂かと思います……」
「邪魔にならないかな」
「遠くからなら大丈夫でしょう……」
メリィの案内に付いていく。この城も広いから私ひとりだと迷っちゃうなあ。
★★★
城から出て、すぐ横。メリィ曰く、雨除けの魔法が掛けられた天蓋を支える、赤と黒の円柱が並ぶ大きな屋外の講堂。奥に魔王さまが鎮座していて、魔王さまに『用事のある』人達がずらりと並んでる。役人さんとかなんだろうな。一度に沢山の人達に対応するから、城の執務室じゃなくてここなんだろうな。
円柱のひとつから、ちらりと覗く。
「……仕草が怪しいですよ愛歌さま……」
「えっ」
「見られたくないなら、気配断ちの魔法を使います……。範囲内から出ないよう……」
「うん。ありがとう」
便利だよね。色んな魔法がある。
さておき。耳を済ませる。どんな話をしているんだろう。
★★★
「――その件か。報告してくれ」
「はっ。魔物は無事討伐されましたが、村の被害が大きく、建物が2棟倒壊しました」
「キマイラだろう? 村まで来たのか」
「いえ、建物を壊したのは討伐した冒険者です。戦闘が激化した……という報告で」
「なん……。そうか。腕は立つと聞いて依頼したが……。被害額は?」
「そちらの書面に。……正直、キマイラより『マシ』とでも言わねばならないほどで」
「…………ふぅ。分かった。復旧工事はあの工務店に見積もりさせてくれ。少々高いが、早い。速度重視だ。お前の判断でGO出して良い。次の報告は事後で良いぞ」
「かしこまりました!」
「魔王さま。今期の兵科報告書です」
「ああ。……少ないな」
「元々、ヴァケット領には戦闘魔族は少数でして。しかし士気は高く、練兵も進んでおります」
「分かった。一度俺が見よう。3日後の午後で良いか? 挙兵式は来月だ。それまでに、せめて他国への『牽制』程度はできるようにせねば。魔力基準値はあと0.5%上げてくれ」
「承知いたしました!」
「頼んだぞ」
「魔王さま! 我が領の支配海域にクラーケンが出たと今朝報告が!」
「なんだと……。また魔物か。冒険者……には任せられんな。アイツはどうした。今日戻る予定だったろう」
「はっ。では彼と親衛隊に依頼を?」
「ああ。遠征戻りで悪いが、仕方ない。……冒険者ギルドの設置はどうなった?」
「申し訳ありません。私は管轄では……」
「ああ、済まない。ではアイツによろしく頼む。下がってくれ。ギルドとの交渉は……」
「魔王さま。私でございます。ご報告が」
「ああ悪いな」
「ギルドからの返答は、調査員をまずこちらへ派遣するそうです。日取りは決まっておりませんが、魔王さまへの謁見もと」
「……そうか。連絡したからと言ってすぐ設置してくれる訳ではないのだな。……冒険者に頼らざるを得ない俺の力不足ではあるが、なんとかしてくれ。領地と領民が最優先だ」
「かしこまりました。また改めてご報告いたします」
★★★
「うわぁ……めっちゃんこ忙しそう……」
「これは、話し掛ける隙はありませんね……」
「えっ。そんなつもり無かったけど」
「そうなのですか……。では魔法を解きますね……」
次々に魔王さまに報告者がやってきて、逐一対応してる。これは、私なら頭がこんがらがるし、そんなに即座に決められない。もう何言ってるか分からない。
「この広い領地をひとりで治めてるんだもんね。色んな問題が起きて対応しなくちゃいけない中、さらにやらなくちゃいけないこともあって。把握しなきゃいけない数字があって……。ああ、脳がバグる」
「愛歌さま……?」
なんだか私が頭抱えたくなってきた。
「……ゴートさまは、魔界では珍しい非常に理知的な魔王さまです」
「そうなの?」
「はい。わたくしは前の魔王さまにもお仕えしておりましたが……。魔王とは基本的に、武勇を以て領地を治める勇猛な方が殆どだったのです……」
「武勇……」
「魔界は太古の昔から常に戦国時代です……。武力が無ければ生き残れません……。トップに立つ魔王は、最も強く、勇気ある者がなるものだという風潮が、魔界全土に根付いています……。しかし、ゴートさまは違います。何より実際の数字を重視し、領民のことを慮り、無駄なく冷静に物事の対処に当たります……。ご自身も武人として最高峰なのにも関わらず」
「…………へえー……」
ちらりと、魔王さまを見る。また困ったような表情だ。必死に、領地のことを考えて。一番良い方法を選んでいる表情。
そう。クールだよね。私はそっちの方がカッコイイと思うなあ。
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