第9話 魔界の食事

「……という訳で! 以上が北部魔界史三大魔王統治時代末期、つまりつい20年前まで続いていた第一次南北魔界戦争へと繋がる戦争史の概要です! 良いですか?」

「はあい」


 カン! と。

 大学にあるような大きな黒板に、指し棒の頭を当てた音。女教師っぽい。チェルカ先生。

 私ひとりのためだけの授業。なんだか凄い。


「ふむ。では今日はこの辺にしておきましょう。覚えることが膨大とは言え、一度に詰め込み過ぎても良くありませんからね。続きは明日です」

「えっ。休憩じゃなくてですか?」


 魔界貴族流の立ち方と挨拶を学んで、練習して、約1時間。その後小休憩を挟んで、座学をして約1時間。

 合計2時間半。……しか、やってないけど。


 窓の外を見ると空が赤い。火の月は燦々と魔界の大地を照らしている。つまり時刻はまだ昼過ぎだ。


「当然です。魔界へ来てまだ2日目。愛歌さまには『自由時間』の方が必要です! あっ。終わりと聞いてすぐだらけない! 口元と手首! 二垂れですよ! 三垂れは危険信号!」

「うっ。はあい」


 自由時間。か。

 先生の口からじゃなくて、自分の目と耳と足で、今の魔界を学ぶ時間、かなあ。






★★★






 という訳で。


「お腹、空いちゃった。ねえメリィ」

「はい……。お食事をお持ちいたします。お部屋にてお待ち下さい……」


 教室として使っていた部屋を出るとすぐ、赤紫色のウェーブヘアが視界に入った。呼ぶと灰色の肌と金色の瞳をこっちに向けて、こくりと頷いてくれた。


「魔界の食材は、人間には毒です……」

「えっ!?」


 まだ段ボールを開けていない自分の部屋で待っていると、盆に料理を乗せたメリィがやってきた。


 ちゃぶ台に並べられたのは、焼き魚と山菜のサラダ……だと思う。異様に目玉が大きいお魚が丸焼きにされていて。紫や茶色、濃い深緑色や空色の野菜がお皿を彩っている。


「愛歌さまなら、見えるかと思いますが……」

「……魔力、があるね」


 もやもやが見える。これが魔力。


「『魔力に耐性のある人間』とはいえ、過剰に摂取することにリスクが無い訳ではありません……。よく噛んで、ゆっくり、少量ずつお召し上がりください……。今回のこの量なら、体調に影響せず、魔力の補給もできると思います……」


 魔力は、人体に有害らしい。それは魔王さまからも聞いたけれど。

 でも結局、私はこれから。魔界に住む以上は、これは避けては通れない。嫌でも摂取しなくちゃならない。

 それに、気になることもあるし。


「魔力の補給?」

「はい……。破魔の瞳を使うには、魔力が必要です……。通常人間の身体では魔力を生み出す臓器が無い為に、魔力の補給は外部からの供給に頼るしかありません……」

「そうなんだ……」


 破魔の瞳。メリィの変身魔法を破って以降、私は使っていない。使うと気絶しちゃうのは、魔力が切れたからだ。あの時は魔界の入口から城までの間に浴びた瘴気を使ったっぽい。

 今は、メリィを見ても、他の魔力を見ても破ることは無い。きっと、使い方があるんだ。これも覚えなくちゃ。自分の力だから、使いこなさなきゃ。


 その為にも。危険と分かっていても、魔力を補給する必要がある。


 私がこの力を使いこなすことは、魔王さまや領地の為になることだし。


「いただきます」

「お召し上がりくださいませ……」


 手を合わせてから、お箸を取る。食事については麗華国リーファと変わらない。これは嬉しい。日の下ヒノモトでも、海外の国だと違ったりするのに。ヴァケット領は和風文化があるのがちょっと安心するというか。


「美味しい! ピリ辛だね」

「それは良かったです……。この当たりの地方ではこのような味付けが一般的なのです……」

「へえ、好きな味付けだよ! 私日の下で男の人の前だと言えなかったけど、辛いの結構好きなんだよね」


 本当に美味しかった。焼き魚は少し弾力のある白身が新鮮に感じて、サラダは昨日の魔王さまの淹れてくれた荒沙羅のお茶みたいに色んな味が混ざり合っていて。ピリ辛な調味料も、甘辛いドレッシングも私好みだった。


 いや、凄い。嬉しい。一気に不安が消し飛んだ気がする。これならやっていけそう、と。


 やっぱり『食』って大事だね。こらからずっとのことだもん。

 これも勉強して、いつかは魔王さまに手料理なんか……。


 エヘヘへ。


「おっと。二垂れで止めよう」

「はい……?」

「いや、こっちの話」

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