第8話 花嫁修業

 火の月が照り始める前に、城に戻ってきた。魔王さまが私を選んだ理由が『私』に関係なかったことは解決していないけれど、私は魔王さまが好きだし、魔王さまも私を口説くと宣言してくれた。


 エヘヘへ。口説くって。私を。エヘヘへ。


「なんですかその腑抜け切った表情は!」

「はっ!」


 魔王さまは城に戻ってすぐお休みになった。外出から戻ってきてすぐだったからだ。お疲れなんだろう。

 私も、気絶してただけだから眠くて。(当然別々の部屋で)寝た。

 起きたのはお昼前。火の月が燦々と照り付けている。私は外に出られない。暑すぎる。


 で、これからの私に、『教育係』が付くことになったと告げられたのだ。メリィは世話役。この人は。


「愛歌さま。よろしいですか? 『魔王に相応しい女性』となるよう、これから努力せねばなりません。修めるべきは立ち居振る舞い、言葉遣い。学ぶべきは魔界の教養、歴史! そして研鑽すべきは『破魔の瞳』です! やるべきことは山積みですよ!」

「うへぇ……。はぁい」


 冷たい青い肌。綺麗な金髪は縦ロールになっている。耳が、異様に長い。ペシャワーズや魔王さまとはまた別の種族だろうか。

 鋭いツリ目と、三角メガネ。そして巨乳。

 女教師悪魔風お嬢様、と最初は思った。なんだこの人。色々盛々だなあ。


 お名前は、チェルカさん。いやチェルカ先生?


「魔王さまは、人前式は『羅刹の月』の十六夜と仰いました。あと2ヶ月と少ししかありません! それまでに! 『どの魔王の前に立っても恥ずかしくない魔妃』にならねばなりませんよ!」

「が、頑張ります……!」


 まだ、正直実感が無い。今は。

 けれど、昨日魔王さまの腕に抱かれて。徐々に。


 私はこれから、魔妃に『なるんだ』と、思い始めた。


「よろしい。ではまずは、基本姿勢と表情からです。愛歌さまは人間ということを差し引いても、だらしない表情ですから」

「えっ」

「目尻は垂れ、口元は垂れ、涎まで垂れ、エヘヘと変な鳴き声まで垂れ。……『四垂れ』です。これはもう、だらしなさはマックス近いです」

「よっ。よん垂れ……!?」


 顔については、昔から色々言われてきた。どれも、目付き顔付きの悪さだ。だから自覚はある。けど。

 魔王さまのことを考えて弛んだ顔を注意されるのは初めてだ。そんなに、だらしなかっただろうか。

 恥ずかしい……。


「因みにマックスだと……」

「加えて鼻水が垂れ、尿が垂れ、最後に糞が垂れます。『七垂れ』は魔界で最もだらしのない最悪の状態です。気を引き締めること!」

「なな垂れ……。それはヤバイ」


 それから、チェルカ先生の授業が始まった。私はしばらく、毎日指導を受けるらしい。

 魔王の隣に立つに相応しい魔妃。

 私なんかがなれるのかは分からないけれど。


「と言っても、難しいことはありません。愛歌さまに馴染みある、和風文化がこのヴァケット領には根付いておりますから。背筋を伸ばして、堂々とお立ちなさい。両手は真っすぐ横です」

「はいっ」

「背筋を意識しすぎて反らないように。ほら指も。『二反り』ですよ」

「にそり……」

「現状の愛歌さまは、『四垂れ二反り』です!」

「よんたれにそり……」


 チェルカ先生は、ちょっと変な言葉を遣う気がする。先生以外の人は言わないから、魔界の常識ではないと思う。


「先生は、私の為に雇われてここに?」

「そうです。先代魔王さまとご縁がありましたので。普段は魔界各地を渡り歩いて魔界作法を広めたり作法書を執筆したりする、作法講師ですから」

「作法講師……!」


 凄い。ちゃんとした人なんだ。やっぱり。ここで雇われるって、つまり宮廷教師だよね。


「先生これ、私の花嫁修業ってことですよね」

「少し違います」

「へ?」


 先生は、手を翳して私に向けた。青いもやもやが出てきて、空中で球体になった。目で追う。またもやもやと別れて、部屋を一周する。静かに弾けて消えた。


「非常に重要なことです。作法よりも。愛歌さま、あなたさまが取り組み、私が務めるのは」


 確認、したんだ。私に、本当に魔力が見えるのか。


修業、なのです!」

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