第7話 魔王の責任

 朱色のもやもやに、包まれた。


「魔王……さま」

「そうだ。俺は『魔王』なんだ」


 ふわふわの感触。魔王さまの腕に掴まっていた筈なのに。いつの間にか、毛皮のある動物の背中に乗せられていた。


 綺麗な灰色の毛並み。毛先だけ、朱色に変わってる。大型の、山羊やぎのような。頭にある2本の捻れた黒い角だけが、さっきまでの魔王さまとそっくりで。私ひとりくらい余裕で背に乗せられるくらい大きくて。


「掴まっていろ」

「……んっ」


 空を。

 風のように翔けていく。凄い。いつか都会で一度だけ乗ったことのある、新幹線と同じくらいの速さを感じた。景色がびゅうびゅうと変わっていく。


 凄い。


「あっ。魔王さまーっ!」

「!?」


 ふわり。優しくブレーキを掛けた魔王さまが、農村のひとつに着地した。住民の魔族達が集まってくる。まだ、夜明け前なのに。


「お前達、今年の作物はどうだ」

「今の所順調でさぁ、魔王さま。それより戦争はどうですかい?」

「問題ない。領内が戦場になることは無い。俺が命を懸けて誓おう」


 しゅるり。


 地面に降り立った魔王さまは、瞬きの間に元の姿に戻った。ここは村が見渡せる高台だった。田んぼや畑が広がっている。どんな作物を育てているのかは、私には分からないけれど。


「で、その人間は……」

「ああ。俺の妻となる人間だ。日の下からの契約で頂戴した。破魔の瞳がある。昨日魔界へ来たばかりだ」

「ほう! そうですかい! おいおめえら、こちらウチの魔妃さまだ!」

「魔妃さまっ!」

「おお、ようやくウチの魔王さまにも魔妃さまが!」

「へえ。結構カワイイじゃないですかい」

「しかし安心しましたよ魔王さま。先代魔王さまから継いでずーっと十数年、女の気配すらなかったもんですから」

「余計なお世話だ……。だが、これからは安心しろ」


 おじさんの魔族? が私の前までやってきて、跪いた。

 すると続いて、他の人達も同じように、私に向かって膝を付いて、頭を下げた。


 変な気持ちになる。申し訳ない気持ちと、恥ずかしい気持ちと。


「ちょ……。えっと」


 どうすれば良いか分からない。魔王さまに助けを求める視線を投げる。

 頷いてくれた。


「皆。彼女は日の下で生まれ育った為に、魔族に対しても免疫が無い。人前式にはまだ時間が掛かるが、その時に改めて全領民の前で紹介したい。今は、魔界に慣れて貰おうと思っているのだ」

「へえ。了解でさぁ。おめえら、解散だ! 大事な魔妃さまを怖がらせんな!」


 魔王さまの言葉で、皆が顔を上げて立ち上がった。私にはそれぞれ笑い掛けてくれて、その場は解散となった。


「……ヴァケット領の人口は、1000人も居ない。去年のデータだと、896人だ」

「!」


 魔王さまがぽつりと言った。私は、その景色を見る。広い村。土地。森。空。朝焼け。

 『魔界』ってなんだか暗い世界のイメージだったけど、全然違う。

 綺麗だ。キラキラに光ってる。空気が美味しい。


「少ないだろう。農村が3つ。漁村がふたつ。城と城下町がひとつ。……魔界は特殊でな。俺達は国に属していない。魔族を統べる者が、慣習的に『魔王』と呼ばれるが。俺は支配地域も人口も何もかも下の下。弱小魔王なんだ」

「………………」


 魔王さまは、領民に慕われているみたいだった。結構フランクに話していた。イメージしてた『魔王』とは、全然違う。


「俺は世話になった前領主からこの地を託されている。絶対に、ここを守らなくてはならない。『その為』に全ての行動がある。対自然。対魔物。対国家。内政。外交。経済。立法。司法。行政。軍事。…………世継ぎ」

「!」


 目が合った。


 私の、悪い目付きに合わせてくれた。もう、何度もだ。

 吸い込まれそうな金色の瞳。ああ、やっぱり。


 私はこの人のことが、好きなのだろう。


。そのことに対してはぐらかすことはしない。お前という女性を、一先ず自分の国へ連れ帰ることはできた」

「っ!」


 魔王。

 そうだ。この人は『王』なんだ。つまり、ただのひとりの政治家さんなんだ。自国のことを命を懸けて考えて行動する、一番の責任者。

 弱小だろうが、人口が少なかろうが、そんなの関係無い。人の命を、背負っている人。


「次に俺は、お前に『子を産んでも良い』と思わせられるように努力しなければならない。お前に、好かれなければならない。受け入れてくれるように、ならなければ」


 そんな人の。


「………………はい」


 妻に。

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