第6話 人間の嫁
夜が明ける。
魔界にも、日光が差す。ように見えるけれど、あれは月。今月は、『火の月』だ。太陽と明るさは変わらないように思う。
「魔力耐性を持つ人間が何故女性のみなのかは分かっていない。公的機関による研究はこの100年で始まったからな。まだまだ足りない。……そして。その耐性を持つ女性の中に、さらなる魔力の適応の結果、特別な能力を発現させる者が居る」
魔王さまの声は本当に心地良い。ずっと聞いていられる。マジで。
「愛歌。お前の目は『破魔の瞳』と言ってな。魔法や呪いを見破り、打ち破るものだ」
「……破魔の、瞳」
良い目だ。
最初に、そう言われたことを思い出す。あれ、そういう意味だったのか。
魔法を見破る。あのもやもやは、魔力だったのか。
打ち破る。メリィの魔法を阻害して、変身魔法を破ったのか。
そういうことか。
……目付きを褒められた訳じゃない、と。
まあまあ。まあね。
「ひと目見て分かった。必ず俺が確保したかったんだ。お前が縁談を受け入れてくれて良かった。能力持ちは貴重だからな」
ちくり。
あれ。
なんだか。
心がちくりとした。
「…………何故、破魔の瞳の私を?」
「まず、魔族が『人間の嫁』を欲する理由から説明しよう。……生まれる子が、強くなるのだ」
「えっ?」
じわり。
落ち着け。荒沙羅のお茶を飲んで。
ざわざわ。
「1000年の昔、史上最初に魔界を統治した原始魔王は、人間とのハーフだったらしい。……それが捻れて伝わり、日の下との関わりが絶たれていた100年前までの歴史では、人間を喰らうことで力が強くなると云われてきた。……だが真実は、人間の血を口から摂取するのではない。生まれた時から、人間の血と肉を宿すことこそが、統一魔王への一歩だったのだ」
じわじわ……。
胸がざわめく。
「目的は、『破魔の瞳』を持つ私との、子」
「ああ。俺はヴァケット領主として――」
「あの」
「ん?」
いや。
分かっていただろうに。
ひと目見て。と。言っていただろうに。
何を、期待していたのか。私だって。この人のこと、何も知らないのに。
勝手に。
「……愛歌?」
気が付けば、涙が出ていた。勝手に。
「魔王さまは、私の『体質』を『子に遺伝させる』ことが目的で。…………それだけで、私を選んだのですか」
「愛歌」
彼は私を好いてくれたのではなかったと。そういう告白を受けたのだ。今。
家柄も容姿も関係無く。ただ、体質のみで。
統一魔王とかそんな、野心で。
選ぶ権利は、男性側にある。
断る権利は、女性側には無い。交換見合いとはそういう制度だ。
もう、日の下には帰れない。戻れば、契約は破棄になり。
私にはもう、どこにも行く場所が。逃げ場が無いのに。
「愛歌」
「………………すみません。変ですよね。私……。私だって、魔王さまのこと。良く分かっていないのに」
違う。そうだ。
私が自分で言ったじゃないか。日の下と魔界では、文化歴史、物事の価値観が異なる筈だと。
これが魔界流なんだ。
「愛歌。説明が最後になったな。……夜も明ける。その前に。行くぞ」
「……へっ?」
女には選択肢が無い。…………違う。私に、日の下でひとりで生きていける能力が無かっただけだ。
私は選べた。結婚が嫌なら身を投げることだってできた。けどしなかった。結局自分で選んで、ここへ来た。
愛が無いだけなら別に構わなかった。これから育めば良いと。
子を産むだけの。腹を貸すためだけの存在だったなんて。
この人は最初から、私なんか見てなかったなんて。
「えっ。ちょっ」
ガッ。
その太く逞しい腕が伸びてきて、私を捕まえた。
「離して……」
「お前に見せたいんだ。今の時間が一番良い。火の月が昇るまでに」
「えっ」
優しく。ガラスを扱うかのように。
魔王さまに抱えられて、天守の窓から、飛び上がった。
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