第5話 荒沙羅のお茶
魔王さまの寝室。意外と、広くはなかった。私の部屋より狭い。畳の部屋に、白い布団が敷かれているだけ。
……ふたり分。
そうだ。魔王さまの寝室ということは。
私の寝室でも……ある……のだろう……か。
エヘ。
「正直、人間の口に合うかは分からんが。成分的に毒ではない」
「……いただきます」
明るい。夜明け前だけど。白いもやもやが、天井にあって。そこから光が照らされているみたいだ。照明の魔法?
布団を避けて、ちゃぶ台を挟む私達。なんというか、魔王とは思えないほど質素というか。
「美味しいです」
「そうか。
魔王さま直々に淹れて貰ったお茶は、透明と、赤色と緑色をしていた。ふたつの色は、湯呑みの中で混ざらないんだ。透明なお茶の中で、赤と緑が様々な形で自由に泳いでいる。
味は、3種類が混ざっているように感じた。透明が甘み。赤が辛み。緑が渋み。全体的に、ピリッと甘い感じかな。うーん。説明難しいかも。でもちゃんと、『お茶のカテゴリー』と言える種類の味だった。
「
「!」
魔王さまが語り始めた。本題だ。私の、今日の。メインの予定だった筈の会話。
「実は、
「そうなんですか」
「しかし、両者に戦争は無かった。多少の小競り合いはあったが、国家間の戦争は実に皆無だった。その理由は、時の権力者の平和外交でも武力支配の植民地化でも無関心でも無い」
「…………」
魔王さまは、何歳なのだろう。私より年上なのは確実だと思うけど。人間の基準に照らし合わせるなら、30代くらいに見えるけど。
変身魔法というのがあるなら、見た目通りの実年齢じゃない可能性もある。
「ひとつ。魔族国家が戦争に必要不可欠な『魔法』が、日の下では発揮されないこと。そして逆に、人間国家の要の武力である重火器や刀剣が、魔界では環境的に使用できない不具合があったことだ」
「!」
魔法を日の下で見たことがない。魔界との国交はあるのに。
それは、日の下では魔法が使えないからだったんだ。見れる訳がないんだ。
「ふたつ。お互いに、土地の侵略価値が無かったのだ。お互い、逆側の土地では動植物は育たず。日の下には魔力が存在せず、魔界では金や鉄、石油が採れない。多大なコストを掛けて戦争し、勝って土地を奪っても有効活用できないのだ。土地を持て余し、維持費用だけがどんどん嵩んでいく」
さっき、魔王さまは破魔、と言った。私のことを言ってる筈。今は、その答えに繋がるための、知識と語彙を教えてくれているんだ。優しく、丁寧に。
「そして3つ。侵略価値が無かろうと『感情的に嫌い』と攻め入ろうとした国もあったが……。悉くが死んだ。お互いだ。……魔族は『太陽』の光を直接浴び続けると魔力が枯れて死ぬ。人間は魔界の瘴気を吸い続けると身体が魔力に侵蝕されて死ぬ」
「!」
火の月の光を浴びるなと、ここへ来る時に聞いた。案内人のペシャワーズが、駕籠の人に言われていた。
「だが稀に……。魔力や瘴気に耐性を持つ人間が居ることが分かった」
耐性。
「それは人間の、限られた女性のみに生まれ付き備わる体質だそうだ。調べると昔から一定数居るが、戦争は男性の役割だった為に、今の時代まで発見が遅れたようだ」
「私が……それなんですか」
「ああ。交換見合いは常に夫側が魔族だ。魔族はそうやって、耐性のある人間の女性を見抜き、嫁に迎える。そこに容姿や家柄はあまり関係しないな。そもそも魔界では日の下での立場など関係無い」
私の、体質……。
「どうして、人間の女性なんですか?」
「ああ。それも全て説明しよう。おかわりは?」
気付くと。
荒沙羅のお茶は無くなっていた。癖になる。ずっと飲んでしまう。
「いただきます……」
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