第4話 破魔の瞳
メリィの右手をじっと見て、数十秒。
「………………?」
紫色のもやもやが、見えた。
けど。
「……おかしい。発動しません……」
「えっ?」
メリィが首を傾げる。
「……!?」
その直後。
「あっ!」
メリィの右手から、毛が生えた。
え?
形が変わっていく。指が短く。爪が肥大化。……蹄?
毛は手から手首、腕、肩……。ビリビリとお着せを破きながら。
どんどん毛深くなる。灰色の毛。毛並み。
「待って、目! 目! 目を逸らしてくださいませっ!」
「えっ。えっ!?」
メリィも慌てた様子だった。私は心臓が口から飛び出るかと思うくらい驚いて、その声で咄嗟に身体ごと逸らして目を両手で覆った。
「ううう……。変身が……魔法が……そんな……!」
「えっ。えっ。め、メリィ大丈夫!?」
「うう…………。ふー。ふうっ。ふしゅーっ」
ガサガサ、バキバキと妙な音がする。獣が唸るような声がする。私はずっと目を覆っている。何が起きているのか。怖い。私は何かしてしまったのか。メリィのセリフから、これは予定外のことなのだと察して。怖い。
どど、どういうこと?
「………………もう、大丈夫です。ご説明いたします」
「……うん」
しばらくして、さっきまでのメリィの声がした。私は恐る恐る目を開いて、そちらへ向いた。
「お見苦しい所をお見せしてしまい、申し訳ありません……」
見ると。
ズタズタに引き裂かれたお着せの切れ端と手でなんとか最低限局部のみを隠した、裸のメリィが座っていた。
「だ、大丈夫……!?」
「…………はい。問題はありません。……ただ、わたくしは簡単な変身の魔法を披露するつもりだったのですが……。魔力が変に拡散しただけに留まらず、わたくしの人化の変身まで強制的に解除され、魔力を掻き回されました。こんなことは初めてです……」
変身……。
あの、獣のような、毛と蹄の姿が。メリィの本当の姿なのだろうか。
「恐らくは、愛歌さまの『目』です」
「め? ……はぁ。……は」
息が。勝手に。
上がってる。あれ、なんで?
「はい。ゴートさまのお言葉とも一致します。……この結婚の背景も。恐らく――」
「………………はぁっ。はぁっ」
「愛歌さま?」
視界が、閉じていく。頭に靄が掛かる。息が、続かない。
「愛歌さまっ!」
ゴトン。
多分、頭をどこかにぶつけた音。それで私は、気を失った。
★★★
もやもや。
あのもやもやはなんだろう。魔界に来た時からだ。家や道や人、そこかしこから。煙……とも少し違うような。
色は様々だ。赤に青に紫に。ヴァケット城は紫色。メリィの手からも紫。
…………また、もやもやだ。
これは、水色? 冷たい色。
あ。ひんやりしてる。涼しい。火の月ど真ん中なのに。寝苦しくない……。
「はっ」
パチリ。目が開いた。
視界が。脳内が。少しずつ、動き出す。ここは――
「目が覚めたか。気分はどうだ?」
「まっ!」
魔王さまが、私の顔を覗き込んでいた。
彫刻のように整った顔。心臓が跳ねる。
近い。近い近い!
「うおおおおー!」
「ど、どうした愛歌」
抱かれていた。
その逞しい腕に。脚? に。はだけた胸に!
空! 白んでる。外だ。
あぐらをかいた魔王さまの『上』に。
私が、眠っていたらしい。
「こ。ここここここはっ!?」
「落ち着け。ここは城だ。俺の寝室のベランダだ。いや、和風に言うなら縁側、か」
涼しい。水色のもやもやは、魔王さまの周辺に漂っている。
「破魔をして倒れたと聞いた。大事無いようで良かったが、これからは不用意に、魔力の補充無しに使うのはよせ。不安だろうが、何かあってもメリィが居る。あれはこの城で二番目に強い。俺も幼少から故郷で共に過ごした。心から信頼している従者だ」
力強い。暴れそうになった私を、優しく抑えてくれた。ていうか、おっきい。私が女としても小さい方だから、本当に親子みたいに。
「は……ま?」
「その説明をな。帰ったらしようと思っていたのだ。まあ、一度経験したのなら話は早い。中へ入ろう。茶を用意する」
「え……」
低く、優しく、耳から心まで響くような声音。
まだ、夢見心地みたいだ。
エヘヘヘヘヘヘ。
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